白石が、女の子に抱きつかれていた。
丁寧にカールされたチョコレート色が揺れる肩に合わせてさらりと流れる。閉じた瞼から落ちた涙はとても綺麗だと思った。
言葉が出なくて扉に手をつくと、開ききっていなかったのだろうドアがカタンと揺れた。
「あ」
「っ、なまえ!」
驚いたように、白石と女の子が同時にこちらを向く。そのふたりがあまりにも綺麗でお似合いなものだから、悲しさなんかより、怒りなんかより違うものが胸に湧いた。
慌てたような顔の白石は女の子を引きはがそうとして、そして躊躇って、彼女の肩に手を当てたまま困ったような顔で口を開く。
「ちが、なまえ…誤解や」
「うん。分かってるよ。…さき、かえってるね」
笑って、至って冷静を装って踵を返す。なにか言いかけた声が聞こえたが足早に歩きそれには聞こえないふりをした。
校門を出て、後ろを振り返る。
白石は来ない。優しい白石のことだ、泣いている女の子を1人で放ったらかしにして帰るようなことはするわけがない。
全部、分かっている。告白されて、断って、泣きつかれたのだろう。
どんな相手にも分け隔てなく接する白石が好きだ。泣いている女の子を放置なんてしない優しい白石が好きだ。
それでも、今日だけは。
今だけは走って追いかけて抱きしめてほしかった。さっきの光景は違うと、すべて夢だと言ってほしかった。見ず知らずの泣いている女の子なんて放っておいて、私の手を握ってほしかった。
…最低、最悪な性格の悪い女だ。人はどこまでだって欲張りになる。だって白石はいつも私と一緒にいようとしてくれているのに、あの子は今しか白石とふたりきりで過ごすことはできないのに。
先ほどの光景を思い出して自嘲の笑みがこぼれる。きっと、彼のとなりに居ていいのは私じゃない。
白石と付き合い始めてはじめて通るひとりの道はひどく長く感じた。
* * * *
「わかったから!」
しつこく近づいてくる白石に驚いて思わず頷いてしまったけれど、疑念が晴れたわけではない。ちらりと隠し見るように顔を上げると、ばちりと目があった。
「あ、す、すまん。おれ何かテンパっとって…」
「えっと…まあ、大丈夫」
「ほ、ほんまごめん!怒っとるよな?いきなりあんなことされて!ちゅうか、手痛くなかった?結構無理やり引っ張ってしもて、っておれ女子になんちゅうことを…ごめん、ほんまごめん!」
赤い顔から一気に真っ青な顔に変化した白石に口を挟む隙も与えられないまま慌てたような早口で伝えられて、ガバリと音がつきそうな程勢いよく頭を下げられた。
その慌てように思わず小さく笑ってしまった。
「…ん、」
「…え?」
私の小さな笑い声を拾ったのかパッと顔を上げた白石とまた目があって、なんだか笑ったところを見られたくなくて素早く口元を隠す。
「いま、わろてた?」
「…笑ってない」
「嘘やん、絶対笑ってた」
「笑ってないってば!」
「うーそーや!絶対笑ってた!」
「だーから!」
笑ってない!
叫ぶように言い切って、ゼーハーと切れる息に気づく。…なにこんなに必死になってるんだろ。同じようなことを考えていたのだろう白石は多分私と同じ顔をしている。なんだか、おかしくて、意味がわからなくて堪え切れなくなった笑いがまたあふれた。
こんなの、意地はって隠すようなことじゃないのに。今度は隠すことなく笑うと白石は驚いたように目を丸くして、そして太陽のような笑顔で言った。
「おれ、みょうじさんのその笑顔、だいすきやなぁ」
151108