※気持ちR15


彼はとても綺麗なひとでした。つよくて、何だってひとりでこなすことが出来る完璧なひと。だって、彼が涙を流しているところは一度だって見たことはないし、弱音を聞いたこともない。いつだって自信に満ち溢れたそんなキャプテンでした。そしてキャプテンはおれたちを予選まで率いてくれて、おれたちは小さい頃からの夢だった世界へと、ついに駆け出すことができたのです。ですが、彼がおれたちに見せてくれた世界で、おれたちが求められたのは強さと期待だけでした。希望というのもあったかも知れないけど、あったとしてもほんのひと握り程度だったと思います。それでも挫けずに前だけを見る彼の姿は、代表を背負うにふさわしく、とても格好良かった。そんな彼が日に日にやつれ始めたのはいつからだったでしょうか。前に、前にと進んでいた彼は突然余所見をするようになりました。心配しても、彼はその手を乱雑に振り払うだけで、自分のあこがれたあのひとは彼の中に居ないように見えました。そして、彼がちょうど下を向いている時 ついに初戦がはじまり、おれたちは負けました。
彼は負けてから、たくさんの暴言を吐くようになりました。彼はそんな汚ならしい言葉を口にするような人間ではなかったはずなのに。そして、彼が夜な夜な宿舎から出ていっているという事をしりました。明け方帰ってくる際にはたくさんの異臭を纏って。

次の試合相手が決まった時には彼は足取りが覚束ない状態でした。毎日、朝起こしにいけば(おれたちが起こしに行かなければ彼は延々と眠り続けるようになりました)目は腫れているし、くまは濃く、倒れかけた彼の手を掴んだときは、いまにも折れてしまいそうでした。それでもサッカーをやっている時の彼は、少しだけ生き生きしていたのです。彼はやはりサッカーがすきなんだと、このまま良い方に回復してくれればとおれたちは喜び、願いました。

なのに 次の試合でおれたちは多大な点差を許してしまい、負けました。そして、その日の夜の事でした。彼が宿舎の屋上から飛び降りたのです。
痩せ細った身体でした。死ぬには十分に高い場所。ぐしゃぐしゃになった体には、いたるところに青痣、切傷、鬱血した痕が美しい髪と共にちりばめられていました。おれたちは知っていたのです。彼が夜な夜な自分自身に刃を突きつけていたこと。彼が明け方纏わせていたあの臭いが精液であること。そう、彼は毎晩おれたちの知らない男に抱かれていました。もしかしたら彼自身も知らない相手だったかもしれません。おれたちは知っていました。知っていたのに、見ないふりをしました。知らないふりをしました。彼が毎夜絶え間なく流していた涙は自己嫌悪の涙で、おれが、彼に手を差し伸ばせば彼はその手を取っていたかもしれません。いやおれじゃなくたって良い。チームの誰かがそうしていれば、彼は救えたかもしれないのに。

彼は、なにもかもを背負いすぎていました。世界、期待、強さ、希望、勝利、家柄、キャプテン。強くあれ、彼の口癖であったそれがおれたちにいつも希望をあたえていたのは事実でしたが、彼が自分自身に勇気をあたえるための言葉でもあったんじゃないかとおれはおもうのです。彼は良かれとやっていたことが、自分自身の首をしめてしまっていたのでしょうか。

彼はとても綺麗なひとでした。つよくて、何だってひとりでこなすことが出来る完璧なひと。だって、彼が人前で涙を流しているところは一度だって見たことはないし、弱音を聞いたこともありません。いつだって自信に満ち溢れたそんなキャプテンでした。そんな彼が選んだ死にかたは、この世でもっとも汚く、醜い。だけど目を閉じた彼の顔は大会が始まる以前の、格好よくて綺麗なおれの憧れる彼そのものでした。

仮葬