7 逢瀬
【思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを 】
(好きな人を思って寝たから、夢に出てきたのだろうか。夢だと知っていれば起きなかったのに)
「名前」
この声、知ってる。
「会いたかった」
私は、もう知ってる。顔を上げて彼を見る。
銀髪にくるりと曲がる髪。着物を着て背後には9本の尻尾。頭には狐の面。
「…坂田さん、ですよね?」
「……あぁ、そうだ」
「どうして私の夢に出てきたんですか?」
「昔、名前が神社でいなくなったことは覚えてるか?
その時俺がたまたま見つけたんだ。
人間は妖怪が見つけたり手を出すと一時的に人間には見えなくなる。これが神隠しの由来だ。手助けをしたのはいいもののどうすればわからなってな、その時名前のばぁちゃんが助けてくれってお願いしててよ。
俺は林の中に名前を寝かせたんだ」
「…これならいいだろう」
大きな神社の、赤く染まった社の裏。そこに寝かせておこう。手を離したら目を覚ましやがった。やばいと思うも術が自分にかけられなかった。
「…あなたはだぁれ…?」
「…えぇと、助けたんだ。倒れてたからよ」
「ありがとう…おにいちゃん。おにいちゃん、優しいんだね…」
「そんなことねェよ。じゃあな」
その場から早く去ろうとした。でもこの女の子が俺を見ながらうつらうつら言葉を紡いでいた。
「おにいちゃん」
「なんだ」
「たすけてくれて、ありがとう。おにいちゃんの、かみのけ…きれいだよ」
「……そーかよ…」
俺の姿を見られたからには、記憶を消さなければならない。術でピン、とその記憶に鍵をかけたが、何かの弾みで取れることもあるし、それは人それぞれだった。
初めてだった、人に綺麗と言われたことは。
多くの人間は俺のことを「狐に騙された」「狐に化かされた」などの言葉がある通り、俺の姿を見たものは皆口を揃えて良くないこととされて悲鳴をあげて去っていった。勿論女子供もだ。
でも名前は違かった。俺に、綺麗だと。
「だから…俺は名前の夢の中に出てきていつか、気づいてくれるかと待ち侘びてた」
「…坂田さん…」
「……悪りィ…。気持ち悪い、よな」
「そんなことないですよ。私は、あなたに助けられた。感謝の言葉しかありません」
「名前…」
坂田さんは私にゆっくり近づき嬉しそうな顔をしてぎゅっと抱きしめた。あぁ、なんか安心する…。
「でも、俺は夢でしか会えないんだ」
「え…?」
「俺と現実で会うとヒトの精気を吸い取ってしまうらしくてよ…だから夢の中で会うしかないんだ」
ぎゅっと抱きしめた私を包む腕がほつれる。
顔は切なそうな、泣きそうな顔をしていた。
「だって、神主さんはっ…」
「アレは、人に近い存在になってるから平気なものの、俺も妖怪だ。ずっと365日24時間は人に近い存在にはなれないんだ」
「坂田さん…」
「でもよかったよ、名前とこうして話せて。思い出してくれて。あの時、綺麗だと言ってくてありがとうな」
サラサラと桜の花が散る様に姿を消す坂田さん。
「待って!私、まだあなたにちゃんとお礼してない!」
「いいんだ、俺が言いたいだけだったからよ」
「…私まだ、言いたいことあるのに!」
「これで会うのも最期にしようぜ」
最期なんて、言わないで。
私はまだ、あなたにお礼をちゃんと言ってないのに。
サラサラと桜の花が散る様に心がぎゅっと締め付けられる。
坂田さんを追おうとすると透明な壁が出てくる。
「また、このガラス!」
「そっちに行くんじゃねェ」
「名前さん、行っちゃダメですぜ」
「…土方さんに、総悟くん…?」
私が後ろを振り向くと黒い翼が生えていて、頭に烏のお面をつけている土方さんと、大きな鎌を持つ総悟くんの姿。
「2人とも、なんでここに…」
「名字さん、そこから先は奴の領域の中だ。夢の中でも多少は影響しちまう」
「だって…まだ話したいこと沢山あるのに、まだ、お礼を言ってないのに」
「名前さん、それ以上戯言を言うならこれで斬りつけますぜ」
総悟くんは大きな鎌を構えて私に言う。
怖い、たぶんそれで切られたら死ぬだろうと直感した。
「…もう、夢から覚めたい」
「そーかよ。なら覚めろ」
土方さんは手を持つ棒の様なものをシャランと金属音を鳴らす。キーン…として目の前が暗くなった。
「!!」
パッと目を覚ますと私の部屋だった。
アレは、夢?違う、現実だ。
「…坂田さん…!」
寝巻きのまま、部屋を飛び出した。
坂田さんに会うために。
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