8 狐の嫁入り


【恋ひ恋ひて逢える時だに愛はしき言尽してよ長くと思へば】
(恋しいと思い続けてやっとお逢いできたその時くらい、せめてやさしい言葉をかけて下さい。この恋を長くとお考えでしたら)



「はぁ、はぁ」

急いでお狐様が祀られる神社に来たが、坂田さんの姿がない。

「坂田さん!」

怪我をして手当をしてもらった所へ行くと人の気配がない。どうしよう、アレはただの夢じゃないの?ウロウロと探していると、おい、と声をかけられた。

「…あなた、は…」

「こんなところで何やってんだ」

話しかけた人は着物を着ていてベール…の様な紫の布をかぶっていた。

「あの、坂田さん知りませんか…!私彼に用があって…」

「銀時なら消えたさ」

「きえ、た…?」

「……あんた、銀時の本当の姿は知ってるか」

「はい…」

その男はキセルの煙をふー…と吐きながら私に言った。

「銀時はお前の夢の中に出ていたことで消えたんだ」

「え…」

「お前がうだうだ人の名前も聞かず、ズルズル夢中で逢瀬を重ねているうちに銀時の妖気は削れ、そして消えた」

「それ、は…」

「そうだ、お前が悪いんだ」

ふー…と煙を吐きながら私に近づくその、男は目をギロリと光らせて私に言う。

「人の夢の中へ行くなんてのは、普通の妖怪じゃ無理があるが、さすがは九尾の狐。人を騙す言葉の他に人様の夢ん中まで悠々と行けちまうなんざ、良くできたもんだ。
ただその分代償はある、それは自分の妖気が無くなることだ」

「妖気…?」

「昔は此処にいろんな奴が来たもんだ。そいつらから少しずつ死なない程度に妖気をもらっていたんだ。だが最近はめっきり来ねェ、だから動物から貰ってたんだ。しかし限度があるからな」

「…だから、坂田さんは自分の妖気を使い切って消えた…」

「お前のせいでな」

この人の言葉は正しい。たかが夢だと思い坂田さんの言葉や行動をよく考えようとしないで私は酷いことをした。

「…もう一度、会いたい…」

「会うことは出来るが、その分代償が必要だ」

「代償…?」

「それはお前の妖気だ。精気とも言うな」

「私の…」

「それをあげれば奴は戻ってくるが、代わりにお前は死ぬぞ」

死ぬ、と聞いた瞬間私は血の気が引いた。でも、でも…。坂田さんは昔助けてくれた人だ。あの人がいなければ私は見つからなかったのかもしれない。

「いい、です!」

「…そうか、わかった」

男がそう呟いた瞬間、ザァ!と木々が揺れ動き風を起こす。怖い、何これ怖い…!
ぎゅっと目を瞑った瞬間。





「テメェ、高杉!俺の好きな子を虐めんなアアア!」

ザァ!と風と共に私の前に現れた坂田さん。いつもの神主の格好ではなく、夢のままの格好だった。

「さ、坂田さん!?」

「オイ!名前!こいつに何かされてないか!?平気か!?」

私の肩を持ちぐらんぐらん揺らす坂田さん。勢いが良すぎて目が回る。

「だ、だいじょうぶれす!」

「そうか、よかった!おい高杉!お前名前に謝れよ!」

「なんでだ、俺は正しいことをしたまでだ」

「はぁ!?どこがだよ!」

ぎゃいぎゃい言い争いをしてるのを見て、ホッとした反面、なぜ坂田さんがいるのかわからなかった。

「さ、坂田さん、あの出てきて平気なんですか?妖気とか使いすぎて消えちゃうとか!」

「はぁ?んなわけねェだろ、だって俺九尾の狐だから」

「え…?」

「九尾の狐って長く生きてその分位が高いんだよ。だからあの程度じゃ妖気なんて無くなるどころか減りもしねェよ」

「えええ!?だって、この人もう居ないって!」

「居ない?俺は"消えた"って言っただけだ」

「………消えた…」

「(今は銀時はよそのところへ行って居ないから)消えた」

「ちょっと!カッコが!前の文章にカッコがついてますよ!?」

「文章ならではだな」

「何言ってるんですがこの人!坂田さん、この人意地悪ですよ!」

「高杉はこう言うやつだ」

「…はぁ…」

言葉の文だ、なんて考えて居たが目の前に坂田さんがいる事実は変わらない。

「でもよかったです、坂田さんが居て」

「…名前…」

「坂田さん。私はあの日、坂田さんに見つけられて此処に居ます。生前祖母が言ってました。"あの神社にはお狐様が本当にいるからきちんと油揚げを持ってきてくれ"って。
だから、ありがとうございます」

坂田さんに頭を下げてそう言った。

「俺は、当然のことをしたまでだ」

「…坂田さん…」

「ずっと探してたんだ、名前のこと。好きだ、名前」

その言葉を聞いて、とくんと胸の奥に響いた。真剣な赤い目を私に向ける。

「…坂田さん…」

「変な順番になっちまったが、その…付き合わねェ?」

坂田さんが手を差し出す。変な感じ、夢の中であんなに会ってたのにね。私は坂田さんの手を取り微笑んだ。

「よろしくお願いします!」

お互い知らなくても、時間をかけてゆっくり歩幅を合わせて歩けば、いつか隣に立てると思った。これからよろしくお願いします、坂田さん。





「あーあ、九尾の旦那すげぇや」

「…そうさな…」

「…あんた、あの人の事思い出してるんでしょう」

「まぁな……」

名前達を見守る土方と沖田。その目には過去の自分達が見えるようだった。

「名前さんの祖母が、あんたと付き合ってたなんて笑っちまうぜィ」

「…俺は永遠と生き続ける者として、あいつは人として寿命がある者として別れを告げたまでだ。その後知り合った優しそうな男と家庭を築けたらそれでいいじゃねェか」

ばさり、と翼を生やした土方。それを見て沖田はいけすかないやつ、と腹の中で考えて居た。


名前達を祝福するように晴れているのに雨が降る。





「おかあさん、晴れてるのに雨降ってる!へんなの!」

「あら?じゃあ誰かがお嫁さんに行ったのかしらね」

「およめさん?」

「この天気のことを、狐の嫁入りって呼ぶのよ」












 

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