腹が減ったな。そう自然に口から零れたような鬼道さんの言葉を俺が聞き逃すことはない。それにさっきから鬼道さんの手はシャーペンを握ったまま動いてはいなかった。そしてころりと白いシャーペンがノートに落ちてそのまま頬杖をついた。腹が減ってやる気が起きないのだろう。ならばここは鬼道さんの元参謀役でもある俺が精のある手料理を作ってみよう。教科書をしまい腰を上げたら鬼道さんは不思議そうに俺を見上げた。にこやかに微笑み、何か作りますね、と言った。そしたら鬼道さんが申し訳ない顔をしてすまないと謝る。いえ、俺があなたの為に作りたいだけなんですから、遠慮なんてしないでくださいよ。
「じゃあ、俺が好きなの作りますね」
鬼道さんをリビングに置いて俺はキッチンに向かった。ああ、そうだ、鬼道さんに着てほしかったかわいいエプロンを見せてあげよう。棚からまだ未開封のシンプルなデザインをした薔薇柄の箱を取り出してまたリビングに戻った。そしたらお腹を空かした鬼道さんが俺の手にある箱を見た。なんだそれは。そう言った鬼道さんに箱を押し付けて、開けてみてくださいと言い目を細める。鬼道さんにいつ渡そうかと迷っていたエプロン、この機会に渡さなくてどうする。鬼道さんは丁寧に包みを剥いで箱を開けた。どうしてだろう、すごく不愉快な顔をされた。
「おい、佐久間……これは誰宛てだ?」
「もちろん鬼道さんです!」
はあ、とため息をついて鬼道さんは箱に蓋をした。何してるんですかダメですよ。蓋を取って中に入ってるピンク色のフリフリでかわいらしいエプロンを取り出せば更に鬼道さんの眉間にしわが寄った。いらん。と一蹴りされてしまい俺は悲しくなった。鬼道さんに似合うかわいいエプロンを選んだつもりだったけど、鬼道さんの好みの物じゃなかったみたいだ。わかりました、なら今度はもっと丈の短いエプロンにしてきます。
「でも、佐久間なら似合うと思うぞ」
「えっ本当ですか?」
「ああ、外見からすればわからなくもないだろう」
着てみたらどうだ?と鬼道さんに言われちゃ着ない奴が何処にいる。俺は服の上からエプロンを着てみせた。ほう、と鬼道さんが感心したように俺を見つめた。でもなんだか鬼道さんの為に買ったのに俺が着るのは抵抗がある。ということで俺はさっさとエプロンを脱いで鬼道さんにそれを渡した。
「いや、気持ちは嬉しいが俺は……」
「着なきゃ料理作りませんよ」
すると困ったように眉を垂らして俺をゴーグル越しから見つめる。ああ、負けませんよそんなかわいく振る舞ったって。頭の中で葛藤していたら家のピンポンが鳴った。ちくしょう誰だよ俺と鬼道さんの見つめ合いを邪魔した奴は。
「よー鬼道ちゃん遊びに来たぜ、ほら差し入れ」
勝手に家に上がってきた不動はコンビニの袋を鬼道さんに投げた。それを軽々と受け取り鬼道さんは中身を見た。
「ちょうど空腹だったんだ。まあ、感謝する」
「ちょ、鬼道さん俺の手料理は……」
「エプロンは付けたくないからな」
「そんなぁ……」
コンビニの袋を楽しそうにまさぐる鬼道さんの手から忌まわしい不動が持ってきたスナック菓子。なんだか虚しくなってため息をついたら不動が鼻で笑った。俺の勝ちだな、と目で言われた気がした。

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10.07.12
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