パロ
金持ち佐久間とアルバイト涼野



いつも学校が終わる時間の前には必ずいる高級車と執事が校門で待っていなかった。一体どういうことだ、この俺に待てというのか。生憎だが俺はおとなしく待てる犬でもご主人でもない。舌打ちをしてポケットから携帯を取り出し迎えに来る筈の執事に連絡をした。出ない、何をもたついているんだ。イライラしてきて二回のコールだけで電話を切った。そのまま地団駄で自分の邸へと向かうことにした。役たたずな執事は後で解雇してやる。それにしてもこの町並みを自分の足で歩くとは思わなかった。
「……」
だがやはりこの平凡な場所は俺には似つかわしくないみたいだ。同い年に近い女の視線が痛い。そんなに珍しいだろうか、坊っちゃん学校に通うこの制服が。なんだか落ち着かなくてすぐ横にある店に入った。店内は広くて、明るい。しいて言うなら女の子が来るような店だった。入る場所を間違えたな。俺は珍しい物を見るように周りを見回して帰ろうとした。けど後ろから細い腕に絡まれて身体が固まった。いらっしゃいませ!と明るく笑い俺の邸に居るような召使が着る服を着ていた。思わず眉をひそめて凝視。
「今混んでるんですけど、カウンターの方なら空いてますよ!」
「いや、俺は間違えて入っただけ……」
「あっその制服!私知ってます、お金持ちが通える有名な学校ですよね!」
ずいぶんと口うるさい女の子に俺は背中を押されるようにカウンターに着かされた。荒い接客業だな、どんな店なんだここは。きょろきょろと周りを見ては品のない男どもがにやにやしていた。興醒め、早く出たくなってきた。とりあえずもらったメニューに目を通してみる。変な名前ばかりでどれがおいしいのかわかりゃしない。ため息をして頬杖をついた。
「お待たせしました……ご、ご主人さま」
俺の横にいそいそと落ち着かない素振りで華奢な女の子が座った。あれ、かわいいな。横目で追っていたら目があった。少しつり目で長い睫毛は、綺麗な印象があった。女の子は、かぁ、と顔を赤くして俯いてしまった。何に恥じているのだろう、落ち着きがない、そのフリフリな服が気に入らないのか丈の短いスカートを必死に伸ばしては慌てていた。
「おまえ、名前は?」
「わ、私か?あぁ、え、えっと、涼野……」
「涼野か……もしかしてこういう接客業苦手なのか?」
顔色を伺いながら聞くと涼野はきょろきょろと目を泳がして頷いた。それから慌ててメニューを俺の手から奪い、首をかしげて聞いてきた。
「な、何か、作るから……食べよ?」
これも接客業の内の一つの技なのかもしれないが、これは、破壊力が凄まじい。源田ならカチコチになって動けないだろう。じゃあ、とメニューに指を差した。名前なんて出したくない、だって、気持ち悪いほどメルヘンなんだから。涼野はそれを見て緊張気味に席を立った。
「待ってて、その……ご主人さま」
そのまま涼野は早足でヒールを鳴らしながら去って行った。食べ物は担当の子が作ってくれるのか、変なサービスだ。そのあと入口で会った女の子が笑顔で俺に寄って来た。
「どうです?涼野さんは」
「え?」
「人気なんですよ。女装してもわかりませんからね、彼は」
「か、彼……?」
「わかりませんでした?涼野さんはかわいい男の娘ですよ」
ふわりと笑った表情はこの店の誰よりかわいいと思った。いや、でもこの店で一番かわいいのは、女装をしてるあの子だ。じゃあ戻りますね、と手を上げ眼鏡を掛け直してキッチンに走って行った。そのあとに涼野が帰ってきた。生クリームがどっぷりかかったホットケーキを落とさないようにフラフラしていた。かわいい、けど待て、この子は男だ。
「お、お待たせ……」
気まずそうな上目遣いは俺の胸を貫いた。この子が男だなんて、間違いだろう。こんなに、かわいいんだ。どうしよう、明日も来てみようかな。

10.08.10
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