03

あまりものだったから

 今年もあの行事がやってきた、とそわそわしだすのは生徒たちではなく、頭のかたーいPTAのおっさんおばさん達だった。
 オリエンテーション合宿。略してオリテ。
 その名の通り、新入生同士の親睦を深めて3年間の学校生活を楽しみましょう。といったどこの高校でも行うような一般的な行事である。にも関わらず、その合宿後から親たちの目がいつになく厳しくなってしまうのは、その内容が少しだけ、ほんの少しだけ変わっているからだった。
 だから、その合宿を経験した2、3年の生徒たちは誠意を込めてこう呼ぶ。

 アベック合宿。略してアベッ宿。

 これもその名の通り、男女がペアになり行うイベントが多いから、そう呼ばれている。と思わせておいて、実は違う。
 本当にカップルになってしまうペアが4割、多くて半分はいる。30人クラスだったら15組作れて、そのうちの6組か7組が付き合っちゃう。キスしちゃう。もしかしたらそれ以上もしちゃう。
 ネーミングのほうは少し古いけど、それはカップルをアベックと呼んでいた年代からこの合宿が始まり、そこから代々伝えられてきたからだ。ちょっとダサイから言い方を変えようなんて言うやつは、今のところはいないみたい。
 そしてその合宿後、三ヶ月間ぐらいは一年生の親たちにとって一つの山場となる。特に女生徒の親たちはそれはもう真剣。自分の子供への関心がこんなにも強くなってしまうのは、このとき以降もうない気がする。だってほら、思春期だから。
 先輩いわく、高校付近のコンビニでは例のアレが売れ行き好調になって、薬師高校の1年生が都内のラブホで補導されちゃう事件が多発するらしい。それから夏真っ盛りの朝礼で、教頭が全校生徒に長々とお説教をかますまでが一連の流れ。18歳未満の性行為はやめましょうって話を30分もする。ふざけるのはその頭髪だけにしろよってみんな思ってるから、誰もそんな話を真面目に聞かない。
 3ヶ月を過ぎたころから別れるカップルもいるし、そのまま高校3年間をラブラブで過ごしちゃうカップルもいて多種多様。
 PTAや一部教師の反発勢力なんてお構いなしに、この合宿内容を変えようとしないのはなんだかんだいってしっかりとした根拠があるからってうわさだ。
 愛は地球を救うならぬ、愛は非行をさせない。バカみたいな考えだけど、薬師高校の補導率は極端に少ない。ただし、ホテルで補導されるのは含まないとして。でも本当に合宿のおかげなのかは、よくわかってない気がする。大人って結構テキトーだもんね。
 

 そんなわけで、わたしはアベッ宿に行きたくない一心で純白のベットの上に寝転んでいた。四方八方を囲む布もベタな白。天井も白。保健室だから当たり前か。
 5時限目の数学が終わったから本当はもうこのベットから飛び起きて、ぐーっと伸びをして、そして何事もなかったかのようにクラスに戻りたかった。
 でもそれが出来ないから、わたしはこうやって大の字になって天井だけを見つめている。
 もう6時限目の半分が過ぎちゃってると思うけど、なんの授業だったっけ?
 なんとなくスマホのロックを解除すると、LINEが何件かたまっていた。見れば全て例の3人からだ。

C奈<アベッ宿ペア決めるよー帰ってこーい!
B子<キモいおたくしか残ってないから早く
A美<残飯処理おつー(はぁと)

 え!? いや! やだっ!!
 気付いた時には、勢いよく真っ白なカーテンを開いていた。よろめきながら爪先で中履きをつっかける。
 ペア決めは基本、生徒同士の話し合いで決めると聞いていた。まるで合コンだ。積極的な生徒はすぐに相手を見つけるけど、消極的な生徒は、まぁ必然的にそのあまりものとくっつくしかない。つまりだ、わたしはあまりものとペアになってしまったわけだ。
 いやだ。そんなの絶対にいやだ。わたしだってある程度の男子とペアになりたいのに! ていうか今日決めるって聞いてない!!
 こけつまろびつして教室にたどり着くと、クラスメイトの視線が一気にわたしに集まった。肩で息をするわたしに、「あれ? 具合が悪いんじゃなかったの?」と悪意のあるような言葉をかけてきた担任は、空白であった黒板の一部にわたしの名前を書きつけた。
 チョークを挟んだ指で、教室の一角を指し示す。
「それじゃあ、前名さんは轟くんの隣に座ってね」
 瞬間、手からスマホが滑り落ちてしまったけれど、そんなことどうでもよくなるぐらいにわたしの頭は働かない。
 
2014/06/30