XX

寝起きの彼女は……



「サナーダせんぱいっ! オレ、お見舞いに来たっすよ!」
「おい、雷市! そっちのベッドはちがっ――」

 ひらかれたカーテンの先で、雷市が恥じらうように顔をおおった。横から顔を出した優太が、下着姿の彼女を見てぎょっとし、すぐさま雷市のえり首をつかみ上げる。

 身を硬直させた雷市が引きずられて死角に消えゆくあいだ、今しがた起こった間違いを気にするふうでもなく、かといって咎めるわけでもなく、彼女はみだれ髪を麗しくかきあげては、シャツのボタンを留めていく。スカートに足をくぐらせて、丸めた足指を紺色の靴下にすっと通す。そのさまは、クレゾールの漂う白いベッドによく映えた。

 彼女は先ほどまで着ていたジャージを胸元に抱えながら、かっちりと揃えられたうわ履き用のサンダルを履いた。ねぼけ眼のまま立ち上がると、鮮明に聞こえてきたのは誰かの色っぽい笑い声と、それをいさめる優太の悲痛な叫び声だった。

「真田センパイ、笑ってる場合じゃないですって!! おい雷市、しっかりしろっ!!」

 おおあくびをする口元を片手で隠しながら、彼女は保健室の隅にある洗面台に向かう。
 一体誰がどんなときに使うのだろう。いつなんどきでも置かれているスチールのコップに水をなみなみと溜めると、もう一度おおあくびをして、処置台に寝かされている雷市のもとへ歩み寄った。

「優太どいて」

 凛々しい優太の二の腕を押しのけて、彼女は雷市の顔をのぞき込んだ。
 右の小鼻からは赤い鮮血が頬へとたれ流れていて、まぶたは眠っているかのように閉じられている。しかし口元だけは、なんとも幸せそうに弧をえがいていた。
 
「おい、お前まさか……」

 瞬間、なみなみとくまれたコップの影が雷市の顔に被さった。
 真向かいで笑っていた真田の表情が曇る間もなく、彼女はコップを引っくり返す。まき散らされた水しぶきが、二人のズボンのそこかしこに黒い染みをつくった。

「あとはよろしく」

 優太にコップを押し付けた彼女は身をひるがえして保健室から姿を消した。
 はね起きた雷市が顔もぬぐわずオロオロとしている。
 優太と真田は閉められたドアの荒んだ音に肩を縮こませた。

 彼女の名前は前名主子。
 寝起きの彼女は鬼を欺く。

(2014/08/05)