駅前の駐輪場で差し出したチョコレートを友部くんは受け取ってくれませんでした。

「なんで受け取ってくれないわけ?」と公子ちゃんはぐいっと彼を見上げました。ほっぺたをぷっと膨らませると、友部くんが人差し指でそこを押そうとしてきたので、公子ちゃんはその手を払いのけました。いつだって無表情の友部くんだけど、ちょっぴり悲しそうに公子ちゃんから視線を外します。

「……義理は受け取らん」
「義理じゃないもん」
「義理にしか見えん」
「どうせ他の人からはもらえないんだし、ありがたく――」
「貰った」
「へ?」
「部活前」
「だれに!?」
「クラスの女子」

公子ちゃんはびっくりしてほっぺたを両手で挟みます。心臓がドキドキします。だって、クラスの女子のあいだでいつのまにか決められていた”絶対に近づいてはいけない男子ランキング1年C組ver.”の第1位にランクインする彼に誰かがチョコをあげるなんて思ってもみなかったからです。そんな彼にチョコをあげる女の子は自分しかいないと思っていたからです。
公子ちゃんはうつむいたまま言います。

「あたしのは受け取らないのに、他の子のチョコは受け取るんだ……」

むかつく、と公子ちゃんは口のなかで呟きました。むかつく。むかつく。むかつく。

「そのチョコって手作りなの」
「たぶん」
「見せてよ」
「いま」
「いますぐ見せて」

友部くんは鞄のファスナーをじーっと開けて、可愛らしい箱を取り出します。それは彼の大きな手のひらにちょこんと乗るサイズで、赤いギンガムチェックの包装紙に赤いリボンがかけられていました。きっと4つのトリュフが十字に仕切られて入っているんだろうと想像がつきます。公子ちゃんの瞳にはそれがとてもいまいましく映りました。それは女の子から見ても、本命以外の何ものでもなかったからです。

「へぇ、可愛いラッピング。その子にもらえてよかったね」

と笑って見せ、だけどすぐに笑顔を吹き消すとすかさず友部くんの手からその箱を取り上げました。それから遠くへ放り投げようと大きく振りかぶって、だけど出来ませんでした。友部くんの胸元につき返します。彼が大事そうにそれを鞄の中にしまうのを見ているうちに目頭が熱くなりました。友部くんがその子と手をつなぎ合っている場面を想像しただけでも、心臓が握りつぶされているみたいに痛みました。

「返事はしたの? 告られたんでしょ」
「まだしてん。明日する」
「……あっそ」

公子ちゃんは唇をぎゅっと噛み、涙をこらえながら鞄を開け、半透明の筆箱から油性ペンを取り出しました。つやつやしたチョコレートのパッケージにきゅっきゅとペン先を滑らせます。本命、と大きく書きました。
友部くんは再び差し出されたチョコレートをじっと見つめていますが、受け取る気配がありません。

「受け取って」
「無理」
「なんで? 本命って書いたよ。義理じゃないんだから受け取ってよ」
「気持ちが入ってん」
「言っとくけどねともちん。手作りだから気持ちがこもってるとか、コンビニで買えるものだから気持ちがこもってないとか、そういう表面的な見方しか出来ないなんて男としてサイテーだよ」

言いながらも公子ちゃんはもう我慢なりませんでした。
すべてをバラしたくなりました。本当はチョコクッキーを徹夜で作ったこと。でも焼く時間を間違えて焦がしてしまったこと。だから今朝、駅前のキヨスクで朝刊を買うおじさんたちに混じってこのチョコレートを慌てて買ったこと。
親指が勝手に動いて、赤いパッケージをパカッと開けていました。力任せに袋を破くと一粒つまみ口にふくみました。甘いです。気付けば友部くんの襟元を掴み、ぐいっと引き寄せていました。一瞬、唇に触れるか触れないかの距離でとまどって、だけど、公子ちゃんは友部くんに口付けました。友部くんの唇はムースみたいにしゅわっと溶けてしまいそうなほどやわらかいものでした。

チョコレートは自分の口の中だけで溶けてしまいました。でもあと11粒あります。1粒だけでもいいからこのチョコレートを食べてほしいと、そしてこの気持ちも一緒に受け取ってほしいと、公子ちゃんはそう願うのです。

The worst Valentine's Day

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