去年の10月24日、明治神宮球場で雷市せんぱいに一目ぼれをした。
 だから市大三高よりツーランクも学力を落として薬師高校に入学したっていうのに、なんとその雷市せんぱいには彼女がいて、あたしの青春ノート、1ページ目から真っ白か! 

 始業式が終わったあと、あたしは幼なじみの大河を無理やり引きつれて、雷市せんぱいの彼女をテーサツしに行った。2年生の教室は西校舎の2階にあって、1年生の教室の真下にある。
 大河は何回も雷市せんぱいの彼女を見たことがあるらしく、あたしの横でいつの間にかうきうきしながら階段を下っていくのが、なんだか無性に気に食わなかった。デレデレしちゃってまったく。

「オレ、ああいう彼女が欲しくてさー、なんつーかこう、一筋縄ではいかないようなタイプ?」
「あーはいはい。つまり性格が悪いってことね」
「ちげーの。ふたりっきりなったらデレてくれんだって」

 ドーテーの妄想乙!
 自分だけが特別だと思うなよドーテーが!

「あ、いた」
「どれどれ……どれ?」
「あそこ」
「だからどれ!」
「窓にもたれて、スマホいじってる」
「…………」
「スタイルいいよなー足なげーよなー」
「……女はスタイルじゃないし」
「あの人にならオレいじめられてもいいわー」
「……女はアイキョーだし、笑顔一番だし」

 つまり、ちんちくりんの背丈しかないあたしは、スタイルだけは雷市せんぱいの彼女にボロ負けしてたけど、愛らしさだけは負けないでいようと思ったわけだ。雷市せんぱいはきっとあたしの中身を見てくれる。と思って野球部のマネになり、2か月過ぎたけど、雷市せんぱいは一向にあたしのほうになびかない。なぜよ?

 毎日笑顔で「雷市せんぱい、おはよーございます!」ってあいさつしてんのに。「雷市せんぱい、今日も練習がんばってください!」って心から応援してるのに。「雷市せんぱい、これ、差し入れです! 食べてください!」ってわざわざ自腹で買ったバナナを両手で手渡してるのに。
 それなのに雷市せんぱいは「おお、ありがと」とか「おお、がんばる」とか「このバナナうめーカハハ〜」とかしか言わない。マジに哀しい。哀しいと言えば、そうそう、この前ものすごく哀しいできごとがあったんだっけ。

 部活後、雷市せんぱいがいつものごとくバナナを頬張っているとき、突然、どこか遠くに向かって手を振りだした。
 振り向くと、フェンスの向こう側に主子せんぱいがいた。こっちに手を振ってる。あたしは雷市せんぱいと、そのさきにいる主子せんぱいを交互に見た。左右、左右って。メトロノームかバカ!つまりあたしはふたりのちょうど中間地点にいたわけ。もし赤い糸を見つけでもしたら、今すぐにでもこの救急箱のなかのハサミでちょん切ってやりたかったぐらいだ。マジくやしさ120パーセント。

「カハハ〜 主子〜!」って大型犬のしっぽみたいに腕を大きく振る雷市せんぱい。それとは反対に、エレベーターガールみたいに控えめに手を振る主子せんぱい。隣にいる友達に話しかけられて、なんだか恥ずかしそうに苦笑いを浮かべて、それからまたこっちを見る主子せんぱい。

 ちっとも愛の大きさが噛みあってないじゃないか!

 あたしだったら、あたしが雷市せんぱいの彼女だったら、雷市せんぱいよりももっともっと大きく飛び跳ねながら「雷市せんぱ〜い! あたしはここで〜すっ! 公子はここで〜すっ!」って手を振ってみせるのに。
 
 そんなことがあったんだけどさー、どう思うよマジで。と次の日の昼休み、大河ふくめ1年C組野球部にもちろん話した。

「じゃお前も雷市せんぱいに手振ってみればいーんじゃねーの?」と大河@スマホゲームタップタップ。
「右に同じ」と手をあげた翔ちゃん@頬杖をつき、マガジンペラペラ。
「右に」と手をあげた大くん@うまい棒もそもそ。
「右」と手を以下略、ともちん@弁当食べながらエロ本読んでんじゃねー!

 もうやだこの4人全然あたしの話聞いてない。
 べつにあたしはさ、雷市せんぱいに手を振って手を振り返してほしいわけじゃないんだよ? そんな上っ面の話じゃないの。雷市せんぱいと主子せんぱいの愛の大きさの違いを訴えたかっただけなのに。あたしのほうが雷市せんぱいへの愛が大きいって認めて欲しかっただけなのに。つまり、主子せんぱいより、あたしのほうが、あたしのほうが――。
 うっ。鼻の奥がツンとした。

「ちょ、泣くなよ!? つかなんで泣くんだよ!?」と一番に気づいてくれる翔ちゃん。
「うげー、また泣いてんのかよー」カンベンしろ〜、とめんどくさそうにスマホから顔をあげる大河。
「お前らが泣かしたんでしょーが!」と他人に罪をなすりつける大くん。
「公子の泣き顔、俺は好き」と真顔で言っちゃう変態ちっくなともちん。

 うう、みんなのやさしさで涙がとまんないよぉって、ともちんから手渡されたハンカチーフで目がしらをぬぐってたら、どこからかせんぱいの声が聞こえた。
 教室の入り口を見ると、なんと雷市せんぱいがあたしたちのほうへ手を振っている。(というのは私の幻想なのだけど)
 うう、雷市せんぱ〜い! と手を振り返していたら(というのも私の幻想で)「せんぱいに呼ばれてんだから早く行けーい!」と翔ちゃんにチョップをかまされる。(これ事実)
 痛いっ。そう、これは夢じゃないっ!

「雷市せんぱい、なにかご用でしたか?」
「俺、雷市じゃないんだけど……まぁいいや」
「え?」
「え」
「じゃあ、あなたは一体……!?」

 驚愕の真実!
 なんと、あたしは全てのせんぱいが雷市にせんぱいに見える病に侵されていた!? このままじゃ、人類すべてが雷市せんぱいになってしまう!? どうするあたし? どうすればいいのあたし! ていうかそれはそれで幸せなんじゃないの?!
 次回、公子の視力回復作戦。公子、青道高校に乗り込む。の二本立てでお送りしまっす☆

 次こそ雷市せんぱいをこの手にっ!

That's megami chan !!

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