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倉持@同級生の彼女のベッド

「つーか、女の胸ってなんでこんなやらけーんだよ」

 うらやましすぎんだろーマジで。
 ブラジャーで膨らみを増したわたしの胸。洋ちゃんはそこに顔をうずめたままくぐもった声をだす。
 
 あーやべー。地獄のあとの天国サイコー。

「一昨日まで冬合宿だったもんね。お疲れさま」
 
 自分のベッドの上なのに、洋ちゃんの下敷き毛布みたいになるわたし。夏に痛めつけられた洋ちゃんの茶髪を指にくるくる巻きつけながら、頭上にある掛け時計を見上げる。
 5と12。夕方5時。数字が上下逆になっていて読み取るのに少し時間がかかったけれど、洋ちゃんにそうされてからもう20分は経っていた。

 ほんといつまでそうしてるんだろう、洋ちゃんは。

 わたしだって洋ちゃんみたいに好きな人の(つまり洋ちゃんのことなんだけど)一切脂肪のついてない上半身とか、骨張った喉仏とかいろんなとこさわりたいのに。

「ねぇ洋ちゃん、エッチしないなら洋服着たいよ。寒いもん」
「いや、すっけど、あと少し……」
「あと少しってさっきも言ってた」
「あー、わかったわかった」

 洋ちゃんは羽虫を払うみたいに適当な返事をよこしてくる。洋ちゃん! と強く髪を引っ張ると、痛ぇなっ! ようやく顔を上げてくれた。

「いつまでそうしてるつもりなの?」
「……んー」
「わたしのお母さん帰ってきちゃうよ」
「んだよ。お前が悪ぃんだかんな」

 つんと拗ねる洋ちゃんの唇。こういうとこかわいいな、っていつも思う。けれど思うだけ。口に出すと怒るから言わないと決めている。

「なんでわたしの責任?」
「男っつーもんはな、目の前に女の胸があったら逆らえねー生き物なんだよ。よーく覚えとけっ!」

 意味不明な言い訳だ。
 わたしの体をまたいでいた洋ちゃんは膝立ちになり、下を向いてかちゃかちゃとベルトをはずす。チノパンを脱ぐ前にラグランTシャツをするっと脱ぎ捨て、それから四つん這いに覆いかぶさってきた。

「主子」

 上から名前を呼ばれる。こっち向けよ、というように。わたしは洋ちゃんのぽっつりとついている縦長のおへそを遠くに見つめていた。いま、少しでもまぶたを上げてしまえば洋ちゃんの真剣な瞳に捕まってしまうんだろう。そうして……これからのことを想像すると一瞬で身体が熱くなった。このときをずっと待ち望んでいたはず。なのになんだか落ち着かなくなる。久々だからちゃんとできるか不安だし。だけどわたしは彼氏である洋ちゃんとでしか出来ないことをしたい、と思う。矛盾は無限大だ。おへそからきっちり割れた腹筋を丹念になぞり、胸板、首筋、顎とのぼりつめたわたしの視線がとうとう洋ちゃんとかち合った。目の下に緊張感が張り付いている。思っていた通り、洋ちゃんはわたしのことをまっすぐにとらえて離さない。そのまま額をくっつけてきて、熱い息が頬にかかった。やさしいミントの匂い。

「ずっとしてねーから緊張するわ……」
「わっ、わたしもずっとしてないよ」
「当たり前だバカ。してたら浮気だ浮気!」
「バカって……しないよ、浮気なんて絶対し――」

 言い終わらないうちに、洋ちゃんがキスしてくれた。唇じゃなくておでこに。次はまぶたに。そしてやっと唇に。まるで願掛けでもするような洋ちゃんの長いキス。
 最初は自分の体が変になっちゃったんだと思って怖かった。けど今ならその正体がわかる。体がだんだんと洋ちゃんの体温に近づくことも。無意識のうちに洋ちゃんを受け入れようと準備する自分の身体のことも。わたしが洋ちゃんを好きなぶんだけ、洋ちゃんもわたしを好きでいますように。わたしは願う。

 チッチッチ、カチリと時計の針が動くのが聞こえと、洋ちゃん唇は名残惜しそうに離れていった。ゆっくりとまぶたをあげると、
「お前の期待にうまくこたえてやれねーかもしんねーけど……」と洋ちゃんは切なげに目を伏せた。それからふぅと息を吐くと、ふっとまぶたを持ち上げ真剣な眼差しでこう言ってくれた。

 「どうしようもないぐらいお前のこと好きなんだよ。そこんとこちゃんとわかれよな」





伊佐敷@下宿先のベッド

 私は犬の、そこだけ冷たく濡れた鼻にキスするのが好きだ。

 小型犬でも中型犬でも。もちろん大型犬でも。その色が黒色だったり茶色だったり色素のぬけたピンク色だとしても。唇をすぼめてちゅっと口づけたくなる。
 いつだったか犬とキスをするとなんとかっていう病気にかかって失明したり下手したら死ぬ、みたいなことがネットにのっていたけれど、考えてみればそれもそれでありだったりする。だって白雪姫の反対バージョンになるってことでしょう? キスされたら生き返る、ならぬ、キスしたら死ぬ。それってある意味ロマンチックだと思うんだ。

 関西の大学に通う私にはただいま彼氏がいて、彼は高校のときにスピッツって呼ばれていたらしく、(私もそう呼んでみたいんだけどダメだって禁止されている)だからいつも純くんって呼んでるんだけど。そんな彼は強面な外見に似合わず、まるで女の子みたいにソフトなキスをする。まさしく私が犬の鼻にキスするような。

 純くんの部屋に来るのはもう3度目だった。

 今まさにその最中だったりするわけで、純くんはいつものように、唇の表面だけを使って口付けをしてくる。触れるだけ。絶対に唇を強く押し付けてきたりしない。飢えた男がするみたいに舌をねじ入れて口の中をかき回すみたいな荒々しさもない。

 薄く口を開けて、わたしの唇を慰めるような感じで何度もちゅっちゅっとする。つまるところ、可愛らしい、と形容するのがぴったりなキスだった。

 私の頭をなでるのが好きな大きな手は、向かいあっている私の両肩をやさしく包み込んでくれていて、中学生みたいな純粋さを向けてくる彼をちょっぴり恥ずかしく思う。というのは建前の恥ずかしさで、本当は、もっと乱暴にしてくれてもいいのに、とじれったい気分になってしまう私自身に向けての恥ずかしさだったりする。

 そんなことを考えていると、ふっと唇から温もりが離れていくのを感じた。それを追うように目を開けたときにはぎゅっと体を抱きよせられていた。

 ベッドマットのうえにぺたんを座っていた私は純くんにそうされてちっとも動けなくなる。高熱を出したときみたいに体が熱い。耳の裏とか、顎のつけ根とか、足の指先までも。

 私の体が熱いのか純くんの体が熱いのかわからないぐらい、私たちはぴったりとくっつきあっていた。
 ため息みたいに大きく息をついた純くんが耳元で言う。

「嫌だったら、途中で止めっから……」
「……うん」
「加減とかわかんねぇしよ、だから……」
「大丈夫だよ私は」

 私は純くんの背中に手を回す。薄いTシャツの下で、まだ見ぬ肩甲骨が膨らんだり萎んだりを波のように繰り返す。
 眠った子どもを抱きしめているみたいだ、と思って懐かしさが込み上げてくる。高校生のころ、保育実習にいったとき、ぐずった年中さんの男の子をこうやって寝かしつけてあげたことがあった。彼の背中は小さかったけれどやっぱり男の子だった。力をこめるとつぶれてしまいそうな女の子とは肩のなだらかさとか胸回りとか、関節とか上手く言い表せないけれど、ところどころに違いがあって、人間の神秘だった。

 あれから大人になって男の人にそうしている今、ずっとこうしていたいって心からそう思えた。
 そして純くんにもそう思っていて欲しい。だから。

「私ね、純くんになら何されたっていいよ」
「……どういう育て方されたらそんなに優しくなれんだよ」
 
 困ったように笑う純くんの息が耳にかかった。とろけそうに熱くって、私はそうしたくなって頬っぺたを純くんの鎖骨に押し付ける。「だって女の子だから。男の子にぎゅってされたいよ」

「俺みたいな"バカ"につけ込まれんぞ」
「それでもいいよ」

 ゆっくりとベッドに寝かされて、純くんが私の身体をまたぐように覆いかぶさってくる。
 目にかかる前髪の下からじっと見つめられると、この世界の時間が止まってしまったみたいだった。形のいい唇が小さく動く。

「お前のこと、これからも大事に――」

 だけどすべてを言い切らないうちに純くんは、私の顔の横に手をついたままうつむいてしまった。すげー恥ずかしいこと言ってんな俺。と純くんがつぶやく。
 髪のあいだから見える耳は血がにじんだように赤くって、私は手を伸ばし、純くんの頭を抱き寄せた。
 そうして純くんに私の胸の鼓動を聞かせてあげた。そんなことないよ、嬉しいよって言ってあげることよりも、私の体から直接伝えたかった。純くんにわかってほかった。私がどれだけ純くんのことが好きかっていうことを。

「なんだこれ。バクバク言ってんな」
「うん。破裂しちゃうかもしれない」

 言うと、純くんの顔が近くにあった。男の子らしい強引なキスだった。飲み込まれてしまいそうだった。溺れてしまいそうだった。呼吸が苦しくて、追いつくのに必死だった。

 それでも気持ちをぶつけてくれる純くんのことがとても愛しく思えた。非日常的なキスをしながら私たちはお互いの服を脱がしあった。ふたりの指先がなんどもぶつかって、じれったくって、だけどその先にある行為にたどり着くまでそれほど時間はかからなかった。

 たまに高校時代の彼のことをあまり知らなくてさびしくなることはあるけれど、それは高校時代の彼らが今現在の純くんの感情の揺れ動きとか、髪の跳ね具合だとかを知らないことと同じであるとすれば、なんとなくつり合いがとれている気がした。
 だって私は20歳の純くんに恋したんだから。
 私と純くんが16歳のときに出会っていたら、私は純くんにこうして愛されていなかったかもしれないんだから。





原田@ホテルのベッド

「なんかビーフシチューが食べたくなっちゃった」

 下着姿でベッドの端に座るあたしは、目の前のボクサーパンツを下ろそうと腰回りのゴムに人差し指をひっかけたところで、そう口に出していた。それをパチンと弾いて、

「この最上階のレストランのビーフシチューがすっごい美味しいんだって。2日間も煮込むみたいでさ、お肉がホロホロ〜って口の中で溶けるらしいよ」

 喋りながらも雅の言った言葉を思い出さずにはいられない。あたしの口と脳は直列でつながってるって。だからなんでも口に出しちゃうんだって。だけどそんなバカっぽいあたしのことを雅がどれだけ愛しているのか、あたしは今から嫌と言うほどこのベッドの上で教えられるわけだけど。体は正直ってやつ?

 雅はお腹空いてない? 上半身裸の雅を見上げると、こんなときに色気のねぇこと言ってんじゃねーよ、と言った雅。あたしの隣に座ると、大きな背中を丸めて盛大なため息を吐く。あたしは重力にしたがってこてん、と倒れてみる。弾力性のある太ももの上にうまい具合にほっぺたが乗っかったので思わずへへっと笑ってしまう。
 後頭部に当たる雅の性器はまだそんなに力強くない。
 あたしは子どもに戻ったみたいにぐずってみた。雅ってわがままな女の子が苦手なくせにそれが好みなこと気づいてないみたいだから面白い。

「ねぇ雅。あたしビーフシチュー食べたいよぉ」
「さっき飯食ったばっかじゃねーか。どんな胃袋してんだよお前のは」
「そうなんだよね、なのに食べたくなった急に」

 あたしは体をくるっと回転させ、頑丈な腰にぎゅっと抱きつき、雅のちょっと野暮ったい顔(あたしはこういう男くさい顔好きだけど)を一心に見つめる。だけど雅はそんなあたしの顔を押しのけてベッドから立つと、ソファの背もたれにかけていた服を身に着けはじめた。
 こてり、とベッドに倒れ込んでしまったあたし。え、雅、エッチしないの? とか思いながらむっくりと起き上がってあぐらをかく。太ももの内側にはおとつい雅に付けられたうっ血痕がいくつか残っている。

「ねぇ何してんの?」
「食い行くぞ」
「え」
「さっさと支度しろ」
「えぇ!?」
「食いてーんだろ。ビーフなんとか」

 ホテルキーをローテーブルから拾い上げた雅があたしの目の前に立つ。あたしはその姿を見上げて変態的に思う。良い体してるのに服を着ているなんてもったいないって。ビーフなんとかのことはすっかりどうでもよくなっていた。

「食べたいけど後でいいかなぁって、いま瞬間的に思った」
「お前、支離滅裂って言葉知ってるか」
「でも雅はそんなあたしのことが好きなんでしょ?」

 ほら脱いでー。ぺろりと唇を舐めて、あたしはバックルに手をかけた。するりとベルトを外す。ざばっとズボンを下ろしたと同時に、いつのまにかシャツを脱ぎ捨てた雅があたしの膝裏に腕を差し入れた。
 お姫さまのように抱きかかえられたかと思うと、ばっと離されて、あたしは生白いシーツの海に飛び込んでいた。
 その上にぐっと覆いかぶさってきた雅。真っ黒い影があたしの顔にかかる。

「女の子の扱いかた雑すぎじゃない?」
「誰が"女の子"だ。25過ぎてんじゃねーか」
「30までは女の子だもん……たぶん……」
「そうかよお姫さま。オラさっさと脱げ」

 きっと睨みつけながらあたしは肘を曲げて上半身をおこし、ブラのホックを外す。でも、いつもは消されている電気が点いていることに気づいてしまう。
 恥ずかしい。とても。

「なんだよその顔は」
「……電気消して」
「俺に命令すんじゃねーよ」
「っ!?……け、消して、欲しいです……」
ベッドの上のお話

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