優太のベッドにぺたりと座る主子が肩越しに振り向いた。 手をクロスさせて、キャミソールを脱ごうとしている。めったに見る事のない、どぎついピンクの生地が肩甲骨の下あたりに巻き付いている。 「テメェは他人の部屋で何やってんだっ!!」 「何って……。見ればわかんじゃん?」 自分の部屋に一歩たりとも足を踏み入れようとしない優太を気にもせず、主子はそのまま掴んでいた衣類を脱ぎ去って、こう言った。 「するんでしょ、セッーー」 近くにあった教科書で頭をひっぱ叩くと、主子が大げさな感じで頭をベッドに押し付けた。背中を丸めた拍子にお尻が上がり、スカートのひだがめくれる。ちらりと見えたショーツもピンク色。色んな意味で目に悪い。 「いったーい! バカ! 優太のバカッ!!」 声をくぐもらせ、足をバタつかせて喚く主子に優太は追い打ちをかける。 「バカはテメェだ、バカッ!! いいから服着ろっ! 3秒で着ねぇともっかい引っぱたくぞ!!」 え!? と顔を上げた主子にベッドの下に落ちていたカッターシャツを放り投げた。それを上手く掴んだ主子がいそいそと袖を通す。その姿を背にして、優太は1階から持ってきた缶のふたを開けて呷る。今日はへんにのどが乾いてしまう。 「つーかお前、そのネタいつまで引っ張んだ。いい加減うぜぇ」 「優太がミシマって名字じゃなくなるまで。ていうかさ、七夕のお願いにドーテー卒業って、ふつうそんなお願いしないよね」 「あ、このクッキー美味い」とコーラ片手にローテーブルの上に広げられたお菓子を摘まむ主子は先ほどまで喚いていたことを忘れているかのように、にこやかに笑っている。 そんな主子が頭の悪いイタズラを考え、実行しだしたのは中学2年の七夕からだ。 ちょうどそのとき優太と主子の同じクラスには、『ミシマ』という名字の同級生がいた。いわんやそいつが七夕の短冊に書いたお願いとやらが<童貞卒業>の四文字だった。それだけだったらまだ優太に被害が及ぶわけがない。もう一人の『ミシマ』は、重大なミスを起こしてしまっていたのだ。自分の下の名前を書き忘れてしまうという、致命的なミス。 恥ずかしかったからなのか、ただ忘れていただけなのか定かではないが、その短冊を目ざとく見つけた主子は、その年の七夕から『ミシマ』繋がりの優太に対して色々なちょっかいを仕掛けるようになった。童貞つながりのちょっかい。とはいえ、まだ3回目ではあるけれど、服を脱ぎ「セックスしよう」なんて主子が言いだすとは優太にとって、思いもよらないことだった。 もし、いや、万が一にもそういうことは起こらないけれども、もしあの場面で自分が主子の――、いや、絶対にそんなことはありえない。 優太は取りつかれそうになった妄想をぐちゃぐちゃとかき消すように首を振る。主子の冗談を本気にするほど、俺は馬鹿じゃない、と。 「あ、そうだ。本当はこれ渡しにきたんだった」 スクールバッグを近くに引き寄せた主子は、その中から水色の袋を取り出した。 「じゃーん! 優太、誕生日おめでと。私ってセンスいいからさ、絶対気に入ってくれると思う」 「自分で言うかそれ」 「だって、優太のことならなんだって知ってるし」 受け取った袋のリボンを優太は丁寧な手つきで解いていく。口を開けて中を覗き、そのうちの一つを取り出して目の前に掲げた。 ウォームアップウェアだ。白地に黒の装飾が入った、確かに優太にとって色使いといい、デザインといい、ばっちり好みのものだ。もう一つは揃いのボトム。 「おいおい。すっげー嬉しいけどよ、お前これ高かったんじゃねぇの?」 「うん、ぶっちゃけ高かった」 主子はなんのてらいもなく言って、ポッキーをかりっとかじる。 「バイトのお給料3分の1飛んでったもん。でもさ、年一のイベントだし? ほら、わたしと優太の仲だし。わたし、優太のこと好きだし」 わたし、優太のこと好きだし。 わたし、優太のこと好きだし。 わたし、優太のこと好きだし。 一瞬何を言われたのかよくわからなくて、優太は貰ったウェアの袖に通していた手を止めた。ポッキーを咥える主子と目が合う。 「で、今からドーテー卒業しちゃう?」 「……しねぇよ!!」 「じゃあ、キスしてあげよっかー」 「主子テメェ、こっちくんじゃねぇ!! 一回死んでその頭治してこい!!」 ――やっぱり主子の言うことは本気にしないほうがいい。 (2014/07/07) |