エピローグ
「お父さん!お母さん!早く早くー!!」

桜の散る一本道で、一人の少年が叫んだ。黒い髪に端正な顔立ちの彼は、両手を口に当てて叫んだ後、再び駆けていく。
少年の後ろを、一組の男女が歩いていた。

「もう、光次郎ってば」
「ったく…あのやんちゃは誰に似たんだ?」
「文次郎の小さい頃にそっくりだよ。そのうち「ギンギーン」なんて言い出すんじゃないかって思うもん」
「バカタレ、そんなことあるわけないだろ」
「性格は文次郎そっくりだよ?」
「お父さん!お母さーん!」

遅いよ、と言いたげな少年の焦れったそうな声が飛んできた。その声に反応して、文次郎は息子の元へ駆けていった。

ふと道端に目をやると、たくさんの菜の花が揺れていた。黄色い波の間を縫うように、紋白蝶が舞う。
ひらひら、桜の花びらが散ってきて、
花が手を伸ばすと、ふわりと落ちてきた。

「(もう、10年かあ…)」

あの日から、10回目の春が来た。

***

「僕も、戦忍を目指すよ。お父さんみたいな、かっこいい忍者になりたいんだ」

物心ついた頃から忍の世界に触れてきたためか、いつからか光次郎はそんなことを言うようになった。花も文次郎も、止めなかった。
光次郎が、甘い気持ちで語っているわけではないことを知っていた。

昔の自分を見ている気がした。

「誰よりも強い忍になるよ!強くなれば、お父さんとお母さんのこと守れるからね」
「…………、俺を越えるなんざ100年早いわバカタレ!」
「わー!痛いっ痛いよ!」

文次郎の拳で、こめかみをグリグリ押されている光次郎。そんな二人を見て、花は、そっと微笑んだ。

私の夢は、文次郎が背負ってくれた
今度は、息子も一緒に背負ってくれることになった

そして、今日、光次郎は忍術学園に入学する。夢への"第一歩"だ。

10年ぶりの道を歩く。
大きな一本松を過ぎると、見えてくる。大きな正門と、「忍術学園」の文字。

「変わってないな」
「うん」

花と文次郎は、懐かしそうに目を細めた。いつかの日と同じように、桜は満開だ。

「うわあっ」
「いてっ!」

少し先を行く光次郎が声を上げた。続いて、男の子の声も。

「光次郎?どうしたの?」

花と文次郎が駆け寄る。正門のちょうど真正面に、光次郎は尻餅をついていた。向かい合うようにして、見知らぬ少年も地に座っている。
頭を抑えているあたり、どうやら二人はお互いに走っていてぶつかったらしい。

「いてて…」
「全く、何をやってるんだお前は」

文次郎は光次郎を立ち上がらせる。花は少年に声をかけた。

「ごめんね、大丈夫?怪我は?」
「あ…はい、大丈夫です」

少年は礼儀正しく答えた。光次郎と同じくらいの歳だろうか。少年が立ち上がり、花を見上げた。

「(あ、れ…)」

少年の顔を見た瞬間、花の中で何かが疼いた。

「(似…てる…)」

少年の髪は夜の空のような、紺色だった。

「新太郎ー!」

道の向こうから、女性の声が聞こえてきた。

「遅いよー、お母さん!」

新太郎と呼ばれた少年が、振り返って答えた。

「お父さん、お母さん、僕先に入ってもいい?」
「あっ、僕も!一緒に教室まで行こうよ」
「うん、行こう!!」

光次郎はさっさと忍術学園の門をくぐった。新太郎も光次郎を追っていった。
花は、女性の声が聞こえてきた方をじっと見つめていた。

「(今の声…)」

ハァハァと荒い息づかいが聞こえてきて、女性の姿が見えてきた。

「………花?」

さっきから動かない花に、文次郎が不思議そうに声をかけた。
女性はずっと走ってきたのか、花と文次郎のそばまで来ると、膝に手をついて息を整えた。下を向いているので、顔は見えない。

「ハァ、ハァ…新太郎ってば…先に一人で行っちゃうんだから…!し、新助と、お兄ちゃんはまだ来ないし…ハァ…」

女性の髪も、深い紺色だ。不思議そうな表情をしていた文次郎も、じっと女性を見つめる。そして、その表情が段々と驚きに変わっていった。

「あっ、う、うちの息子…何かご迷惑をおかけしませんでした?」

すまなそうに笑いながら、女性が顔を上げた。

ひらり、ひらり

「お、前……?」

文次郎が声を溢す。

ひらひら、ひらり

涙が溢れて、花の視界はゆらゆらと揺れた。
桜色の花びらが踊る。

「また、会えた……!!」

どこまでも広がる空は、明るい青に染まっていた。
光で、溢れたかのように。


10年後
ふたたび、


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