最終話
卒業してから、5度目の春がやって来た。
今年の桜は開花が早く、まだ3月の中頃だというのに満開に近かった。
明日は卒業式だ。
ついに、かつての一年生たち…あの乱太郎たちが卒業するのだ。大きく逞しく成長した彼らを見ると、5年という月日の長さを感じた。かつては先輩先輩と慕ってついてきたりして、可愛かったものだが。
「(懐かしいなあ…)」
正門の前で、地面に散った桜の花びらを箒で掃きながら、花は遠い過去に思いを馳せた。
「あ、花だ」
「よっ、久しぶりだな」
「伊作!留三郎!」
声をかけられて振り向くと、伊作と留三郎が並んで立っていた。
「どうしたの?」
「あの子たちが卒業するから、お祝いに来たんだよ」
伊作と留三郎は、卒業してからもよく学園に顔を出していた。
「花〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
大きな足音共に、走ってきた小平太が花に飛び付いた。思わずよろけた花は、留三郎に支えられた。
「おい小平太!危ねぇだろうが!」
「こへー!」
「花、会いたかったぞー!!」
後ろからは長次がのそのそとついてきた。この二人も、時々学園にやって来ては後輩たちと暴れ回ったりしていた(小平太は「遊んでるだけだ」って言い張るけど)。
小平太、留三郎、長次は今も忍者として活躍しているらしい(あくまで"らしい"だ)。伊作も初めは忍者として活動していたが、今は医者として働いているそうだ。
四人は食堂へ向かった。花が正門前の掃き掃除を続けていると、呆れた声が聞こえた。
「全く、小平太は何も変わっていないな」
花はハッとして振り向いた。旅人の格好をした仙蔵が、笠のつばを持ち上げて立っていた。
「せ、仙蔵…!?」
「何も変わってないのはお前も同じか」
仙蔵と会うのは、3年ぶりだった。相変わらずサラストは健在だ。
「……また、伸ばしたんだな」
仙蔵は目を細める。花の髪は、かつてのように長く伸びていた。
「約束、だからね」
光ちゃん、そして文次郎との
「もう5年か」
散っていく桜を見て、仙蔵が呟いた。
この5年間、花は一度も文次郎に会っていなかった。
卒業式の次の日から、文次郎はどこかへ姿を消した。どこへ行ったのか、何をしているのか、誰も知らない。
この5年間、同級生は文次郎に会っていないし、お義父さんとお義母さんも、卒業式以来文次郎とは音信不通だそうだ。かつての後輩たちも、文次郎の消息は誰も知らない。
もちろん、花も。
忍の世界は厳しい。5年も行方がわからないとなると、もしかしたら、もう……
そんな噂も聞いた。
諦めた方がいい、と言われたこともある。
縁談を持ち掛けられたこともある。
それでも花は待ち続けた。
約束したから
戦忍になる
夢を背負ってくれる
それまで、待っていてほしいと
だから、私は待ち続ける。
仙蔵も食堂へ行き、花も掃除を終えた。久しぶりに同級生が集まったのだ、自分も早く食堂へ行こうと正門を開けたとき、
「花」
花の足が止まった。
トクン、と鼓動が高鳴る。
ゆっくりと振り返る。
笠を深くかぶった男が立っていた。
ひらひらと桜が散る
「長い間待たせちまって…悪かった」
花は、ただその男を見つめることしかできなかった。男はゆっくりと笠を脱ぐ。
ふわ、と柔らかい風が吹いた
「お前を、迎えに来た」
文次郎は笑顔でそう言った。見開いていた花の目が、涙で潤んだ。
「……っ、文次郎…!」
ぽろぽろと涙がこぼれる花を、文次郎はきつく抱きしめた。ぎゅっと目をつぶり、花は両腕を文次郎の背中にまわした。
「待ってた…ずっと、待ってたよ…!」
「……ありがとな、花」
青い髪留めが、きらりと光った。
平坦な道ではなかった
曲がりくねって、でこぼこで、真っ暗闇の中で、
一度は絶たれたその道を、花は一人で歩いてきた
その道の先に、光があると信じて
「約束、したよな。立派な戦忍になる…お前の夢を背負ってやるから。それまで待っていてほしいって」
「うん」
「お前は待っていてくれた…。5年も、待っていてくれたんだな」
文次郎の腕に、力が入る。
「………俺でいいのか?俺は、お前を幸せにできるのか?」
「うん。大丈夫、できるよ」
だって、今、私は幸せだから
「……後悔しても知らねぇぞ」
「後悔なんかしないよ」
「いいんだな?」
「うん」
花が笑うと、文次郎も笑った。
一番近くで、その笑顔を見れる
一番近くに、君がいる
花は、文次郎の肩にそっと顔を埋めた。
ずっと昔から、望んでいたんだ
いつか、こんな日が来ることを
ずっと、ずっと、昔から
二人を祝うように、桜吹雪が舞った。
End
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