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大切なものは、失って初めてその大切さに気付く
とても皮肉だと思った。
"大切なもの"が存在しているときは、そこに在るのが当たり前であり、気にも留めないくせに
"大切なもの"が消えると、その存在の大きさに気付かされる
それが大切であれば、大切であるほど
気付いたときには、もう遅いというのに
「(皮肉、だよな)」
花がそばにいるのが当たり前だった。
「記憶……喪失……」
花はいつだって俺のそばに居てくれて
「潮江くんには恋人がいるから」
疑うこともなかった
「私は戦忍になる」
花の夢を邪魔したくなかったから
花は"家族"……妹のような存在だ
自分を騙して
気持ちを心の奥に押し込んで
「俺と光は付き合うことになった」
想いを忘れようとした
誰か他の女(ひと)を好きになれば、忘れられると思ったのかもしれない。
似ている女(ひと)に惹かれたのは、やっぱり花を重ねていたからで。
「(………最低、だな)」
文次郎は自嘲的な笑いをこぼした。
でも、今度は違う
もう自分の気持ちに嘘はつかない
二度と"大切なもの"を失わないように
***
会計室に一人残された花は、しばらくの間そこに座り込んでいた。
文次郎が私のことを想っていた、なんて
「(全然…気付かなかった…)」
夢にも思っていなかった
文次郎が私を好きになるはずがない
ずっとそう思っていたから
「(本当…なんだよね)」
一度は捨てた想い
拾い上げるには重すぎて
「(信じても…いいのかな…)」
窓の外では、ちらほらと雪が舞っていた。
***
他の六年生も進路が決まった人が多くなってきた。家業を継ぐ者がほとんどで、そういう人は副業で忍者をやるそうだ。純粋な忍者になる者は少ないらしい。
「文次郎と何かあったみたいだな」
雪がしんしんと降る夜。自室の前の廊下に座ってぼんやりと空を眺めていた花の隣に、仙蔵がやって来た。
「え、ど、どうして」
「見ればわかる」
何年同級生をやってると思ってるんだ、と仙蔵はにやにや笑う。仙蔵に隠し事は基本的に出来ないので(すぐにバレる)、花は正直に話した。
「私、まだ信じられなくて…もしかしたら全部ただの夢だったのかも、って」
あの日以来、文次郎はとくに何も言ってこない。
本当に、花が夢を見ていただけなのかもしれない。
「夢なものか、本当のことだ」
仙蔵は呆れ半分で言った。
「最近、文次郎の顔つきが変わった。何かを覚悟した顔だ」
「覚悟…」
「お前を、お前の夢と一緒に背負っていく覚悟だろう。文次郎の想いは本物だ。
だから、あいつを信じろ」
最初から全てを見てきた仙蔵だ。彼は花の苦しみも涙も、文次郎の想いも全て知っている。
だからこそ、仙蔵の言葉は花の心に素直に入ってきた。
「花……好きだ」
「お前の代わりに、俺が戦忍になってやる」
信じても、いいんだ
花は膝の上で、ぎゅと拳を握った。
「だから、それまで待っていてほしい」
文次郎が望むなら、私は……
花の目を見て仙蔵はふ、と笑った。
「戦忍になる、か…険しい道だな」
「文次郎だって元々は戦忍を目指してたんでしょ?私は文次郎を信じる」
花の目に、もう迷いは無かった。
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