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「文次郎、今日から家族が増えるぞ」

幼いある日、突然父にそう言われて俺はとても驚いた。弟か妹が産まれるのかと思ったが、よく考えたら母さんは妊娠していない。
父は、一人の少女を連れてきた。俺と同い年らしい。

「花っていうんだ。戦で家族を亡くしてな…うちに連れてきた」

少女は、黒真珠のような綺麗な目で俺を見つめてくる。その視線には恐怖と好奇心が混じっていた。

「よろしくな、花!」

怖がらなくていい、俺はお前の味方だ
そんな意味を込めて俺は花に笑いかけた。花は目をぱちぱちさせて、それから微笑んだ。

「うん…よろしく、文次郎」

その綺麗な笑顔に、俺は惹かれた。

ある夜、俺はふと目が覚めた。

「……ぐすっ……ッ、」

誰かの泣く声が聞こえて見ると、花が窓の外を見ながら泣いていた。俺は、心が不安げに揺れるのを感じた。

「……花…?」
「も、文次郎…!?」

花は体をビクッとさせてこちらを振り返った。赤い目と頬を伝う涙に、胸が苦しくなる。

「寝れないのか…?」
「だっ、大丈夫!大丈夫だか、ら…もんじ、ろ…は……」

花は目をぎゅっとつぶって俯いてしまった。

泣くな、

俺は無意識の内に、花の頭をなでていた。

俺は、お前の笑顔が好きなんだ

「泣くなよ……独りじゃない」

だから、もう泣くな

「泣いてたら、笑えないだろ」
「うん…うん……ありがとう…!」

それから俺は、花の泣く姿を見ることは無かった。
花はいつでも笑っていた。俺の好きな笑顔で。

「私、戦忍になる」

花がそう言ったとき、俺は思ったより衝撃を受けなかった。なんとなく、そんな気がしていた。

「私、強くなりたいの」

花の覚悟は強かった。

だから、言えなかった
困らせたくなかったから
花には笑っていてほしかったから

「これ、やる」

俺は花に青い髪留めをあげた。この気持ちを伝えられないなら、せめて。

「入学祝いだ」
「えっ、私何も用意してないのに…!」
「別に、戦忍になるのに女を捨てる必要はないんじゃねぇか?」

せめて、これだけは

「だからよ、お前が女を捨てるのは…その…もったいない、と思う…ぞ……」

花には女でいてほしい
それなら、俺はお前を好きでいられるから

***

「今日から6年い組の仲間になった光だ」
「よろしくお願いします」

6年生になった日、忍術学園に編入生がやってきた。

光は花に似ている
俺はそう思った。
人柄というか雰囲気というか、光と話しているとなんとなく花と話しているような、そんな感覚を覚えた。

花は戦忍を目指している。
光は行儀作法で入学し、卒業後も忍として生きる気は無いらしい。

抑えていた想いが、溢れてしまったのだろう
俺は光に惹かれていった。
気が付けば、毎日光のことばかり…
光も俺のことをよく頼ってくれたし、それが嬉しかった。

しかし、俺は忍を目指す者。
落ちてはいけない、溺れてはいけない
忍と恋を両立できるかどうか、俺にはわからなかった。

「文次郎なら、大丈夫だよ」

花のその一言は、他の誰の言葉よりも心に響いた。

「絶対、大丈夫だから」

花の言葉に、俺はどれだけ励まされただろう
花はいつも俺のそばにいてくれて
花にたくさんの勇気をもらった

だから、俺は……

***

「文次郎が本当に好きなのは、私じゃなくて花さんだよね」

花が突然学園から姿を消して3日が経った夜。光にそう言われて、俺は何も言い返せなかった。

「なんとなく最初からわかってた。もちろん私を好きになってくれた気持ちが嘘じゃないっていうのもわかるよ。
でも、花さんを見る文次郎の目…全然違う。花さんがいなくなってから元気も無いしね。
この人は、きっと心の奥底では花さんのことを想ってるんだろうな…って」

誰よりも俺のことを想ってくれる光だからこそ、自分でも気付かないようなことまで見えたのだろう。
最初からわかってた…それでも光は俺のそばにいてくれた。

「………光、」
「仕方ないか。相手が花さんじゃ勝ち目は無いもの」

光は眉を下げて笑った。

もし先に光と会っていたら、

そんな仮定を途中まで考えて、止めた。


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