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「待て、花」

突然に文次郎の声がしたので、花は驚いて体をビクッと反応させた。
振り向くと、頬杖をついたまま文次郎がはっきりとした目でこちらを見ていた。明らかに狸寝入りだったことがわかる。

「お、起きてたの?」
「当たり前だ。こんなのも見抜けないとは忍者失格だぞ」

そう言って文次郎は、散らばった帳簿をかき集めた。

「ああ、これ、わざわざ悪いな…仙蔵に押し付けられたんだろうが。全く、あいつは…」

文次郎は包みを開けておにぎりを食べる。とりあえず座るように促されたので、花はその場に座った。
一瞬迷ったが、花は報告することにした。

「………私、卒業したらここの事務員になることにしたの」

ぴたり、と動きを止めて文次郎は花を見た。花は、自身の足元を見つめていた。

「昨日学園長先生に辞めることを話したら勧められて…私なら、学園のことも忍術のこともわかるから適任だろう、って」

文次郎は何も答えなかった。花は構わず言葉を続けた。

「夢は…戦忍になるっていう夢は叶えられないけど、少なくとも学園にはいられる。学園を守ることはできるから、これでいいのかな…って」

花は文次郎を見た。

「だから私は忍者失格でもいいんだよ」

花は悪戯っぽく笑った。

「じゃあ私はそろそろ戻…」
「夢は、」

花の言葉を遮って文次郎が言った。

「お前の夢は、俺が叶えてやる」
「…え」
「お前の代わりに、俺が戦忍になってやる」

強い目と口調でそう言われ、花は言葉が出なかった。

どういうこと? どうして?

「………一昨日のこと、覚えてるか?」

一昨日、って…

「俺が酔い潰れちまって、お前に運んでもらっただろ」
「あ、あー…うん…」

覚えてたんだ…!

「そ、それで?」
「それで、その……あ、あの言葉に……嘘はねぇから」

嘘は、無い

「花…… 好きだ」

あの言葉は文次郎の本当の気持ちだった、ということだ。

「っ、なんで…どうして…?文次郎が私を、なんて、おかしいよ…!」
「おかしくなんかねぇだろ」
「だって、光ちゃんは…?今でも好きなんでしょう」
「いや、それは…光は…!」
「幸せだって…今すごく幸せなんだって、"あの夜"に言ってたのに…!」

花は必死に涙を堪えた。

泣いちゃいけないんだよ、私は

「確かにあのときはそう答えた…。今もそうだ」
「私を光ちゃんに重ねてるから?」

文次郎の表情が固まった。

「私が光ちゃんに似てるから…重ねて、見立てて…自分を騙してる。光ちゃんがいなくなっちゃったから、私を代わりに…」
「違ぇ!!」

文次郎が叫んだ。

「お前は、花は光の代わりなんかじゃねぇ!お前だからそう言ってんだよ!」

嘘じゃない

花はわかっていた。この目は、嘘をついている目じゃない。

わかるよ、だって、

「(嘘だったら良かったのに)」

ずっと文次郎を見てきたんだから

「まだ返事を聞くつもりはない…
俺は絶対に戦忍になる。だから、それまで待っていてほしい」

固まる花を残して、文次郎は会計室を出ていった。


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