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翌朝
花が食堂に向かっていると、後ろからどどど…と誰かが走ってくる音が聞こえた。
「花〜〜〜っ!!」
「わっ、小平太!?
小平太がガバァッと花に飛びついてきて、がっしりと腰にしがみついた。その後ろには長次の姿もあった。
「私、花が学園からいなくなるなんて絶対いやだ!」
まるで子供のように、頭をぐりぐりと押し付けてくる小平太。長次は「うぇへへへ」と声をエコーさせて笑っている(ということは怒っている)。
「あ、あの…二人とも、」
「あれ、花、長次、小平太。おはよー」
「……小平太は何してんだ?」
そこへ伊作と留三郎もやって来た。
「花が学園を辞めないように引き止めてるんだ!」
「そうだよ、花!本当に辞めちゃうの!?」
「だ、だから…」
「嘘だよな?俺は認めねぇぞ」
「花、辞めないでくれよー!」
「うぇへへへえへへへへ」
「わ、私、辞めないから!」
花が声を張り上げると、四人はピタッと口を閉じた。
「私、学園は辞めない。卒業したら、ここの事務員になるの」
「事務員?」
「うん。だから、私は学園にいるよ。きちんと卒業もする」
そう言って花が笑うと、四人は嬉しそうに笑った。……否、一人は物凄くしかめっ面をした。
食堂に行くと、既に仙蔵が朝食を食べていた。
「仙蔵、仙蔵!花は学園は辞めないんだって!」
よっぽど嬉しいのか、小平太はにこにこする。
「花は事務員になるんだぞ!」
「……ほう」
それを聞いた仙蔵は、ちらりと花を見た。花は仙蔵の隣に座った。
「学園長先生に、忍者を辞めることを言ったら勧められたの」
「そうか…良かったな」
「うん」
仙蔵は先に食べ終え、席を立った。
「ああ、そうだ…あとでこれを文次郎に届けておいてくれ」
仙蔵は、笹の葉でくるまれた包みを花の前に置いた。聞かなくてもわかる、おにぎりだ。
「さっきおばちゃんに頼まれてな。文次郎は委員会で、徹夜明けだろう。よろしく頼む」
「あっ、ちょ…!」
言うなり仙蔵はスタスタと食堂を出ていってしまった。
「花、早く食べないとおばちゃんにシバかれるぞ」
「そ、そうだね」
花は急いで食事を終え、包みを持って会計委員の部屋へと向かった。一昨日の夜以降、文次郎とはまともに顔を合わせていない。
「花……… 好きだ」
あの言葉がどういう意味なのか、知りたい気持ちと知りたくない気持ちとが混ざって、花は複雑だった。
「(……文次郎は覚えてるのかな)」
二日酔いするほど飲んでいたのだ、もしかしたら覚えていないかもしれない。
「(忘れてくれてたらいいな…)」
きっとあの"好きだ"は、私が光ちゃんに見えていたに違いない
だって、文次郎が私を好きになるはずがない
「(駄目だよ、)」
私じゃ、文次郎を幸せにはできない
気付けば、花は部屋の前まで来ていた。部屋の中からは何も聞こえない。
「も、文次郎…?」
返事もない。花がそっと戸を開けると、まず、部屋中に散らばった帳簿が目に入った。部屋には文次郎しかいなかった。文次郎は頬杖をついて、寝ていた。
「(珍しい…)」
こんなに無防備に寝る文次郎は初めて見た。
花は机の脇に包みを置いて、普段はあまり拝めない文次郎の寝顔を見つめた。
また隈が濃くなってる、気がする…
「(好き、か)」
まだ光ちゃんのことが好きなんだ
簡単に忘れられるわけが無い
文次郎は、一途な人だから
「(あんなに幸せそうだったのに)」
その幸せを壊したのは、新助?
それとも…
喉の奥がつまり、花は文次郎の寝顔から目をそむけた。
部屋を出ようと、花が立ち上がって出口の方へ歩いていくと、
「待て、花」
後ろから文次郎の声がした。
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