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あの後、どうやって部屋に戻ったのか花は思い出せなかった。
ただ、文次郎の帰りが遅いことを不思議に思った仙蔵がやって来たのは微かに覚えている。
案の定文次郎と留三郎は二日酔いになり、伊作の煎じた薬を飲むことになった。みんなは保健室に集まっていたが、花は文次郎と顔を合わせるのが気まずくて図書室に逃げた。
適当な本を手に取り読み始めるが、内容は一切頭に入ってこなかった。花の頭は、昨夜の文次郎の言葉でいっぱいだった。
「花……… 好きだ」
この言葉の真意は何だろう
友達として? 仲間として?
それとも……
「(まさか、ね)」
そう思いながらも、花はその考えを否定できなかった。花は本を閉じてため息をついた。
ふと気配を感じて振り向くと、隣に長次が座っっていた。
「長次…」
「…暗い顔してるぞ、花。悩みでもあるのか…?」
どうやら相談に乗ってくれるらしい。花は迷ったが、遠回しに話すことにした。
「あ、あのね…例えばの話だよ。
例えば、好きな人に「お前が嫌いだ」って言われたら、やっぱり悲しいよね?」
長次はこくりと頷く。
「じゃあ、逆に嫌いな人に「あなたが好き」って言われたら…?」
「………難しいな…」
「そ、それじゃあさ」
花は少し考えてから言葉を続けた。
「好きな人に「夢を諦めろ」って言われて、嫌いな人に「夢を叶えて」って言われたらどうする?」
「……私なら、夢を諦める」
「じゃあ…」
花は少し声を小さくして聞いた。
「好きな人に「死んでくれ」って言われて、嫌いな人に「死なないで」って言われたら…長次ならどうする?」
「…………死ぬ。自分が死ねば、その好きな人が喜ぶからな」
「……!」
長次に迷いは無かった。その言葉を聞いて、花の中で1つの思いが固まった。
「そっか…わかった。ありがとう、長次」
「…解決したのか?」
「うん」
そうだ、こうするのが一番良いんだ
やっと、決心がついた
***
「私、忍者をやめようと思う」
夕方、オレンジ色に照らされた食堂で六年生は夕食を食べていた。まだ少し早い時間なので、食堂に他の忍たまはいなかった。
花の言葉に全員の動きが止まり、そして衝撃を受けた顔で花を見た。
「だから私は学園を出ていくよ」
忍者をやめて学園を出る
これが、花の答えだった。
"忍者をやめろ"
文次郎がそう望むなら、私は…
「…嘘でしょ?」
「花、辞めちゃうのか!?」
「いきなりすぎるぞ…!」
「もうすぐ卒業なのに」
「………ごめん」
花は、文次郎の方を絶対に見なかった。
「学園長先生にも言ってこなくちゃ」
花は食堂を後にした。
話を聞くと、学園長は少し残念そうな顔をしたが承諾してくれた。
「実は、あちこちの城から勧誘が来ていたのじゃが…」
学園長はたくさんの文を見せた。マイタケ、オーマガトキ、オニタケ、ドクササコ、タソガレドキ等々…ドクタケからも来ていた。
「じゃが、花がそう言うなら仕方ないの」
「ありがとうございます」
「辞めた後はどうするんじゃ?」
「それは、まだ…」
それを聞くと学園長は一枚の紙を見せた。
「それなら、これはどうかの?花なら適任じゃろう」
それは求人広告だった。見出しには、大きめの文字でこう書かれていた。
"忍術学園 事務員 募集"
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