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季節は少しずつ冬に向かっていた。
木の葉は全て落ち、ちらほらと雪の降る日もあった。
この頃の六年生の話題は専ら進路のことだった。忍者になる者、家業を継ぐ者、もしくは全く関係のない道に進む者…本当に様々だ。
「やっぱり小平太は戦忍になるのかい?」
「うーん、たぶんそうだろうなー」
「そういう伊作は?」
「伊作は忍者より医者の方が向いてるんじゃねぇか」
「それは言えてる」
ある夜、六年生の面々は空き部屋に集まって晩酌をしていた。今夜は美しい満月が輝いている。
「(卒業したら、か…)」
花は、将来のことは何も考えていなかった。
漠然と"戦忍"になりたいとは思っていたけれど、一度は全てを捨てたから。
あの満月の夜に、自分はもう死ぬつもりだったから。
「なあなあ、花はどうするんだー?」
酒がまわっているのか顔を赤くした小平太が、後ろから花にのしかかってきた。
「花も戦忍になるんじゃないのか?」
少し前の私なら、戦忍になるの一点張りだった。でも、今は、
「………わからない」
自分がどうしたいのか、何をしたいのか、わからなくなっている。
"忍者をやめろ"
"誰も死ななかったのは、君のおかげだよ"
"お前は忍者に向いてない"
"花は、強い"
忍者をやめて、ただの女に戻る。
そんなこと、一度も考えたことはなかった。
強くなりたくて、力がほしくて、ただ歩き続けてきた
こんな私でも、誰かを守れると知った
それでも、文次郎と光ちゃんの幸せは守れなかった
一番守りたかったものが守れなかった
私が歩いてきたこの道は、間違ってるのかな
「ああもう、文次郎も留三郎もいい加減にしないと駄目だよ」
伊作の困った声が聞こえてきて、花は我に返った。飲み比べでもしているらしく、文次郎と留三郎が真っ赤な顔でお互いを睨み、酒を飲んでいた。
「二人ともお酒は強くないんだから、もう止めた方がいいよ」
「るせぇ!こいつにだけは負けられねぇんだよ!」
「それは俺の台詞だバカタレィ!」
誰が何を言っても、今の二人は聞く耳を持たない。
「絶対二日酔いするよね」
「はあ…今から二日酔いに効く薬を煎じた方がいいかな?」
「全く、暑苦しいな」
「う…んん〜……」
「あ、小平太が寝たよ」
長次の膝に、まるで猫のように伸びながら小平太は寝てしまった。
「そろそろ部屋に戻ろっか」
「そうだね。ほら留さん、帰るよ」
伊作は留三郎を、長次は小平太を連れてそれぞれの部屋に向かった。
「じゃあ文次郎は仙蔵が……、あれ?」
仙蔵の姿はとっくに消えていて、部屋には花と文次郎だけが残されていた。
「(逃げた…!)」
仕方ないので、花は文次郎を立たせ、脇を支えながら部屋に向かって廊下を歩いていった。
「大丈夫?」
「う……悪ぃ…」
「お酒弱いのに無理するからだよ。いつも三禁三禁ってうるさいのに」
「う、うるさいとは、なん……うぷ」
「わーっ!我慢!我慢して!」
文次郎は手で口を覆って、その場にしゃがみこんでしまった。
「え、ちょ…大丈夫?」
花もそばにしゃがんで、文次郎の顔を覗き見た。文次郎は苦しそうに目を閉じている。
本当に危なそうだ…
どうしよう、私じゃ文次郎は運べないし…
「ちょっと待っててね、今誰か呼んでくるから」
そう言って花が立ち上がったとき、
「い、くな…!」
文次郎が、花の腕を掴んだ。
「も…文次郎…?」
「っ、」
「どうしたの?」
文次郎は俯いていて、顔は見えない。花は向き合うようにしゃがんだ。
腕は依然として掴まれたままだ。
どうすればいいのかわからずに花が困っていると、文次郎の体がぐらりと揺れた。そのまま、花に覆い被さるように倒れた。
「ちょっ、」
思わず花は尻餅をついた。文次郎は花の肩に顔を埋めた。
そして小さな声で、言った。
「花……… 好きだ」
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