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「お前のことは俺が守ってやるって言ってるんだ!」
顔を真っ赤にして文次郎が叫んだ言葉。その意味を理解するのに、丸々10秒もかかった。そして、花は自分の耳を疑った。
文次郎が私にそんなことを言うはずが無い
だって、あり得ないから
「今の…どういう意味…?」
花は唖然としたまま問う。文次郎はハッとして顔を背けた。
「い、今のは…わっ、忘れろ!」
「は…無理に決まってるでしょ!どういう意味なの?』
花は文次郎に詰め寄る。文次郎はこちらを見ようとしない。
「文次郎」
お願い、ちゃんと言って
"そういう"意味じゃない、って
そんな気持ちは無いんだって
言葉にしてくれなきゃわからないよ…!
「う、うるせぇ!もういいだろ!おっ、俺は部屋に戻る!!」
「ちょっと…!」
そう言うなり文次郎は足早に医務室を出ていってしまった。残された花は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
「薬草いっぱい採れましたね、先輩」
「そうだね、これでしばらくは……あれ、花?」
伊作を先頭に、保健委員たちが戻ってきた。
「どうしたの?……顔、赤いよ」
「えっ」
花は両手で頬を包んだ。
たしかに…熱い、かも……
「さっき廊下で文次郎とすれ違ったんだ。文次郎も顔を真っ赤にしてたけど…」
「わ、私、部屋に戻るねっ」
花は急いで医務室を出ていった。伊作が、少し意味ありげな目をしていたのにも気付かずに。
自分の部屋に戻りながら、花は必死に自分に言い聞かせた。
「(忘れろ…忘れろ…)」
これは、きっと夢だ
「(あの言葉も、文次郎の顔が赤くなってたのも、私とは関係ないんだから…)」
部屋に入って戸を閉めると、やっと顔の熱が引いた。ふう、と息を吐く。
"文次郎は、私を花さんと重ねているのかもしれません"
逆を言えば、私を光ちゃんに重ねているということだ。
文次郎が好きなのは、光ちゃん
私じゃない
"お前のことは俺が守ってやる"
「(あれは、光ちゃんへの言葉)」
だから、忘れよう
***
「やあ、久しぶりだね」
「ざ、雑渡さん!?」
ある日、花が伊作に包帯を取り替えてもらっていると、天井裏から雑渡昆奈門が現れた。
「花ちゃん、この前はすごかったねー。怪我、大丈夫?」
「もうほとんど治りました」
「あと2、3日で包帯も取れます」
雑渡さんと会うのは、新助と戦ったあの夜以来だった。
「今日はどうしたんです?」
「一応事後報告をね…新助とツキヨタケ忍者のその後だけど」
花と伊作はドキドキしながら雑渡さんの言葉を待った。
敵対していた城の忍者だ…拷問して痛めつけて、最後は……
花は身震いして、想像するのを止めた。
「全員、家に帰したよ」
花と伊作はずっこけた。
「い、家に帰したって…」
「まあ多少の尋問はしたけどね。彼らはもう忍者に戻ることはないだろう。それで、そっちは?」
「光ちゃんは学園を辞めて、夜太郎と二人で行ってしまいました。夜太郎は、タソガレドキに命を救われたって聞きましたけど…」
「花ちゃんの髪留めが無かったら、きっとあのまま見捨てていただろう。君は本当にすごいね。たった一人でたくさんの命を守った」
雑渡さんは、まるで娘を褒める父親のような表情を見せた(ほとんど顔は見えないのだけど)。
「君がいなかったら、たくさんの人が死んだはずだ。誰も死ななかったのは君のおかげだよ。
ねぇ花ちゃん、卒業したらウチに来ないかい?」
「えっ」
「たぶん無理ですよ。みんなが反対すると思います」
「それは残念」
私が、たくさんの命を守った…
このまま忍の道を行けば、私はもっと強くなれるかもしれない
"忍者をやめろ"
しかし文次郎の言葉を思い出し、花の心は複雑に揺れた。
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