55
ある夜。風呂を済ませた花は医務室を訪れた。包帯を新しく替えるためだ。
「伊作、新しく包帯巻いてもらっても……、あれ」
医務室に伊作の姿は無く、代わりに文次郎がいた。
「あ…文次郎…」
「よ、よう…花」
気まずい空気が流れて、二人は言葉をつまらせた。光が学園を去ってから、お互いに顔を合わせることがなかったのだ。
「い、伊作か保健委員は…いないの?」
「ああ、今は全員で菜園に薬草を採りに行ってる」
「そっか…」
花は、自分で包帯を巻くことができない。どうしようかと考えていると、文次郎が呼んだ。
「座れよ。包帯、巻くんだろ」
花は一瞬迷ったが、素直に従うことにした。せめてもと思い足の包帯は自分で巻き、肩を文次郎に巻いてもらう。鍛練や留三郎との喧嘩でよく怪我をしているので、文次郎は慣れた手つきで包帯を巻いた。
「上手だね」
「このくらいできて当たり前だ」
「私は苦手なんだよね…すぐにほどけちゃって」
寝巻きを着直しながら花は苦笑した。すると言っているそばから、足の包帯がはらりと崩れてしまった。
「あ」
「……………」
呆れたのか同情したのか、文次郎はため息を吐いた。
「包帯も巻けんとは…」
「し、仕方ないでしょ!苦手なものは苦手なんだから」
「ほら、貸せよ」
文次郎は包帯を手に取ると花の足に巻き直した。
今まで怪我をして包帯を巻いたときは、お義母さんや伊作、新野先生など周りの人たちがやってくれていた。しかし、これから一人で生きていくなら、
「……包帯くらい、巻けるようにならないとね」
「お前、さらしはどうしてるんだ?」
「適当にぎゅっと。要は揺れなきゃいいんだから」
「ゆっ…!バ、バカタレ!お、女がそういうこと言うんじゃねぇっ!」
「文次郎が聞くから…顔、真っ赤だよ」
花はくすくす笑った。文次郎はごまかすように咳払いして、救急箱を片付けた。そんな姿を見ながら、花はぽつりと呟いた。
「まだ、私は女なんだね」
意味深な言葉に、文次郎は手を止めて花を見た。
「身体中に傷つけて、髪も短くなったのに…」
「花…?」
「文次郎、私ね…女を捨てようと思うの」
文次郎は衝撃を受けて固まった。
「やっぱり戦忍を目指そう、って。だから、女は捨てる」
こんなこと、本当は文次郎には言いたくなかった。でも、決めたから。
気持ちは伝えなきゃ伝わらない。
「強く…もっと強くなりたい」
誰にも負けないくらい
「みんなを守りたい」
誰も失わないように
「この気持ちは変わらない。だから、私は…」
「花」
文次郎が、花の言葉を遮った。花は文次郎の顔を見上げる。
文次郎の黒い瞳が、花をとらえる。花は、文次郎から目をそらせなかった。
文次郎は静かに、そしてはっきりと言った。
「花、お前は……忍者をやめろ」
←