54
別れの朝は、とても澄んだ青い空が広がっていた。とても綺麗な空だった。
正門の前で、六年生と何人かの先生が光と夜太郎を見送るために集まっていた。
「本当にお世話になりました」
深く頭を下げる光と夜太郎を、花は沈んだ気持ちで見つめる。
二人がこれからどこへ行くのかは知らない。ただ、これが一生の別れになるであろうことはわかっていた。
花はちらりと文次郎の方を見たが、花の角度から文次郎の表情は見えなかった。
「花さん」
全員と別れの挨拶を済ませた光が、最後に花のところへ来た。光は優しい笑みを浮かべていた。
「光ちゃん……」
「もう、そんな暗い顔しちゃって。せっかくの可愛い顔が台無しですよ」
「っ、だって…!」
光は相変わらず笑っている。
「笑ってください。私、花さんの笑顔が大好きなんです」
言葉に反するように花の目が潤む。それに気付いたのか、光は花を抱きしめた。優しく、そして強く。
「私は幸せでした。皆さんと出会えて、素敵な恋もして、たくさんの思い出ができて」
花はギュッと目を閉じて、光の肩に顔を埋めた。
「花さんに会えたから。私は、とっても幸せでした」
私もだよ、光ちゃん
「ありがとう、花」
ありがとう、光
ゆっくりと光が体を離した。光の目にも、うっすらと涙が光っていた。
「もっと早くから、呼び捨てで呼べば良かったかな」
「初めて会ったとき、言わなかったっけ。敬語じゃなくていいって」
「そうでしたっけ?」
そう言って二人はクスクス笑った。
「髪、また伸ばしてくださいね」
光の右手が花の髪に触れた。
「うん」
花は笑顔で答えた。
「それじゃあ…」
「皆さん、お元気で」
再びお辞儀をして、光と夜太郎は歩き出した。だんだんと遠くなる二人の背中を、花はずっと見つめていた。
「(さようなら………そして、)」
ありがとう
***
学園の復旧が終わる頃、花も元の生活に戻れるようになった。まだ包帯は必要だが、もうほとんど心配はいらないようだ。
「はー、やっとまともに動けるし寝れるしお風呂にも入れる!」
「でもまだ無理は禁物だからね」
「はーい」
「よし、花!今からバレーしよう!」
「話聞いてた?」
まだ激しい運動は厳禁なので、花はもっぱら食堂でおばちゃんの手伝いをした。少し前までは光がやっていた仕事だ。
「病み上がりなのに手伝わせちゃって悪いわね」
「いいんですよ。私で良いならいつでも手伝います」
授業のない今は、この食堂が主にみんなの集まる場所となっていた。いつもと変わらない光景。
それでも、たった一人がいなくなるだけで、花には全く違うものに見えた。
「(まるで、世界が変わってしまったみたい)」
でも、あの頃には戻れない
「(前を見なくちゃ)」
時間は、止まることも戻ることもできないから
「(進まなくちゃ)」
もう、振り向いちゃいけない
←