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「大切にしてなかったら、こんなに長持ちしねぇだろ」
文次郎の言葉を聞いて、花は目を見開いた。
知ってたんだ……
「新しいのが必要だな…ああ、でもまだ結べねぇか」
「…文次郎」
花に呼ばれ、文次郎は顔を上げた。あまり気が進まなかったが、花はどうしても気になることを聞いてみた。
「文次郎は……どうして私に髪留めをくれたの?」
そう聞くと、文次郎はみるみる頬を染めた。
「いや、それは…その…ま、前に言っただろう!」
前に…?
「マイタケ城の忍務のとき…覚えてるだろ」
マイタケ城の忍務…
「あ、これか」
花は懐から金の簪を取り出した。あの忍務の日から、ずっと花が持っていた。
"やっぱお前は長い方が似合うな"
"お前の髪、好きなんだよ"
そういえば、文次郎はそんなことを言っていたっけ。
私の髪が好きだから?
"花さんに、女を捨ててほしくなかった"
私に、女でいてほしかったから?
「私が女じゃなくなったら…女を捨てたら、文次郎は……いや、なの?」
「〜〜〜っ、」
文次郎は突然立ち上がり、バンッと音がする勢いで医務室の戸を開けた。
「おっ、俺は、もう戻るからな!」
「うん……頑張って、ね」
花は驚いて目をパチパチさせた。文次郎は戸を開けっ放しにしたまま廊下をどすどすと歩いていった。
「忍者が大きな足音たてちゃ駄目なのに…」
花は髪留めを手に取った。
私が女じゃなくなるのが嫌だ
だから髪留めをくれたのかな…
もしかして、
花はある一つの答えを導き出した。そして、その答えを振り払うように頭を振る。
「(それだけは、ありえない)」
そんなことになったら、私は……
***
数日が経ち、光の怪我が治った。花もようやく傷口が塞がり、学園内であれば歩き回っても良いと許可が出た。
学園の復旧作業はまだ続いており、作業自体が手伝えない花は、みんなに差し入れを持っていったり、おばちゃんの手伝いをした。夜太郎と光も復旧作業を手伝った。
「お疲れ様」
花は、夜太郎におにぎりの入った包みを渡す。おばちゃんからの差し入れだ。
「悪いな」
夜太郎は早速おにぎりを食べる。
「………だいぶ終わったな」
もうほとんど元の姿に戻った学園の姿を見て夜太郎が言った。
「夜太郎、あの…ありがとうね」
花は夜太郎の隣に座った。
「気にすんなよ。ツキヨタケの連中が壊したんだから、俺たちが直すのは当たり前だろ」
「あ、ううん、そうじゃなくて…新助のこととか…髪留めも届けてくれたし。"あの夜"も……きちんとお礼を言ってなかったから」
「俺だってお前に命を救われたようなもんだから、お互い様だろ」
そう言って、二人は顔を見合せて笑った。
「忍術学園(ここ)は楽しいな…俺もこんな学園に入学したかった。光の気持ちがよくわかるよ」
周りの光景を見ながら夜太郎が言う。光や夜太郎が入学した忍者学校は、もっと違う雰囲気の学校らしい。
「でも、俺たちはここにはいられない」
「……やっぱり、行っちゃうんだね」
花は顔を伏せる。
「光の怪我は治ったし、ケジメもつけたみてぇだからな」
ケジメ…?
「明日、行くよ」
夜太郎の静かな声に、花は返事をすることができなかった。
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