52
数日が経った。
授業は全て中止になり、学園全員で壊れた校舎の修理や敷地内の掃除を行っていた。用具委員や上級生、先生たちを中心にみんな忙しくしている。

まだ傷口の塞がっていない花と光は医務室で、とんかちの音やみんなの声を聞きながら静かに過ごしていた。手伝いたいと言ったのだが新野先生が許してくれなかった。ドクターストップ、というやつだ。

「(ひまだなー…)」

花は読んでいた本から目を上げて、窓の外に広がる青空を見上げた。爽やかな秋晴れで、雀が誘うようにチュンチュンと鳴く。

「(外に出たい…っ!)」

花は足も負傷しているため、厠以外で医務室の外へ出ることは止められていた、

花はちらりと光の方へ目を向けた。光は昼寝をしていた。

"文次郎と別れようと思うんです"

その言葉が、花の頭から離れなかった。

まだ文次郎には伝えてないはず…
文次郎がこれを聞いたらどう思うんだろう。

二人がずっと一緒にいられるように
二人で幸せになってほしかった

だから私は……

「(命さえ、捨てたのに)」

どうして私は生きて帰ってきたんだろう?
私も夜太郎も、命は無いと思っていた。

どうして…

「(まだ死ぬな、ってこと?)」

神様の考えることはわからない
私が生かされた意味って……

「(わからない)」

記憶が戻っても、わからないことばかりだ。
医務室の戸が開き、団蔵が顔を覗かせた。

「あ、花先輩」
「団蔵?どうし、」

そこで花は言葉を切る。団蔵の後ろには文次郎の姿があった。

「団蔵が怪我しちまったんだ。今日は新野先生がいないから俺が診てやろうと思ってな」
「そ、そう…」

花は視線を泳がせた。光の言葉を思い出し、なんとなく文次郎と顔を合わせるのが気まずい。
文次郎はてきぱきと団蔵の手当てをする。何かで切ったのか、団蔵の手からは血が出ていた。

「すごい血出てるけど…大丈夫?」
「このくらい何ともありませんよ。花先輩の方が重傷じゃないですか」
「う…確かに」

自分より5歳も年下の子が頑張っているのに、私は心配することしかできない…

「よし、もういいぞ」
「潮江先輩、ありがとうございます!それじゃあ僕は先に戻りますね」
「あっ、団蔵、頑張ってね!私も手伝いに行けたら良いんだけど…」
「無理はしちゃ駄目ですよ、花先輩は自分の心配をしていればいいんですから。早く治してくださいね!」

団蔵はにっこり笑って医務室を出ていった。

「(人のことはいいから自分を心配しろ、か)」

どこかの会計委員長も言いそうな言葉だ。

「団蔵の言う通りだぞ、お前は自分の心配をしていればいいんだ。まだ傷口は塞がってないんだろ?」

血はようやく止まったが、まだ傷口が完全に塞がったわけではない。無理に動かしたらまた出血する、と新野先生は言っていた。

「治りが遅いのは仕方ないな」
「うん……そうだね」

もう少し我慢すれば、傷口も塞がる。

「(大丈夫、)」

我慢は得意でしょ

夕飯までにはまだ時間があるので、花は少し寝ようと布団の中に潜ろうとした。そのとき、文次郎の手が花の枕元に伸びた。

あ、髪留め…

「もう使えねぇな」

文次郎の横顔はどこか寂しげだった。

「あ…ごめん。文次郎がくれたものなのに…大切にできなくて…」
「6年間もずっと使ってたんだ、大切にしてなかったらこんなに長持ちしねぇだろ」

そう言って、文次郎は笑った。
花の好きな、あの笑顔で。


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -