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「光…!」
夜太郎が嬉しそうな声を上げた。光はゆっくりと目をこすりながら起き上がった。
「ん…お兄ちゃ……え、あれ?」
光は目をぱちぱちさせた。
「医務室……、っ、あっあの、新助は!?花さんは…!!」
「落ち着け」
夜太郎が光の肩を押さえた。花は手をひらひらと振ってみせた。
「おはよう、光ちゃん」
「花さん…!」
花の顔を見ると、光は目に涙を溜めた。
「ご、ごめんなさい!私の…私のせいで……本当にごめんなさい…!!!」
光の目からポロポロと涙がこぼれる。
「ずっと…私のせいだ、って…!私が悪いのに…花さんを…」
「……………」
花は布団から出て、光のそばに座る。
「私、どんな罰でも受けます…!花さんが望むなら命だって…いひゃっ」
花は光の頬をつまんだ。ムッとしている。
「光ちゃんが気にすることはない、って前にも言ったでしょ?」
光は目をぱちくりさせた。
「気にしなくていいの。光ちゃんは悪くないし、罰を受ける必要もない。
もう、終わったことなんだから」
花は手を放して、笑った。
「だからもう泣かないで。せっかくの可愛い顔が台無しだよ?
それに、光ちゃんのこと泣かせたら、私、文次郎に殺されちゃう。あ、今は夜太郎にかな」
悪戯っぽく笑う花。
光はスンスンと鼻をすすったが、もう涙はこぼさなかった。
「私は花も可愛いと思うぞー!」
後ろから小平太が抱きついてきた。
「あーっ、小平太!駄目だってば!」
「花から離れろおおお」
「やだやだやだー!」
「駄々っ子かお前は」
「くすぐったいよ、こへー」
花に抱きつく小平太、引き剥がそうとする伊作たち、それを見て呆れる仙蔵。いつもの光景に、光は笑顔になった。
そのとき医務室の戸が開き、保険委員の下級生たちが入ってきた…というより戻ってきた。全員、救急箱を持っている。
「伊作先輩、怪我人の手当て終わりました」
「あっ、花先輩と光先輩、起きたんですね!」
「花先輩、もう動いて平気なんですか?」
わらわらと二人のそばに集まる下級生。一晩中怪我人の面倒を診ていたのだろう、少し疲れた顔をしていた。自分たちも怪我をしているのに…
「大丈夫だよ、みんなのおかげで元気いっぱいになったから」
「でも先輩、傷口から血が」
「えっ? うわー!」
見ると、新しく替えたばかりの包帯にじわりと赤い染みが広がっていた。
「花ってば無理に動くから…それに小平太も離れて!花はまだ安静にしてなきゃ」
布団に戻され、花はぷくっと頬を膨らませた。しかし、さすがに伊作には逆らえないので花は大人しく言うことを聞いた(小平太は長次に捕まった)。
六年生と下級生たちは朝食を摂るために食堂へ行った。花と光は、医務室まで運ばれてきたおばちゃんの料理を食べる。
「あの…花さん」
二人きりの医務室で光が切り出す。
「なに?」
「花さんに伝えておきたいことがあるんです。花さんの記憶が戻ったら言おうと思ってたんですけど…」
光は箸を置いた。花も食べる手を止める。
光の放つ空気に、花は嫌な予感がした。
「私、文次郎と別れようと思うんです」
そう言って笑った光の顔は、とても穏やかだった。
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