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目を開けると、見慣れた天井が目に入った。
薬品の独特な匂いが鼻を刺激する。
「(医務室……あれ、私なんでここに…)」
そこで、記憶がよみがえった。全ての記憶が。
「(ああ、そうだ)」
全部、思い出したんだ。
花は首だけ動かして医務室を見回した。花は窓のそばに寝ていて、部屋の反対側には光が寝ていた。それ以外に人はいない。
空は薄暗く、夜明けまではまだ時間があるようだ。
花はゆっくりと上体を起こした。右肩と左足はきつく包帯が巻かれていて、腫れた左頬には湿布が貼られている。
死ぬつもりだった
"あの夜"、私は、死ぬつもりだったのに
本当は、帰ってくるつもりは無かったのに
「(どうしよう…)」
記憶を失っていたこの数ヶ月のことを思い出す。
"潮江くん"なんて今まで一度も呼んだことはなかった。
「(あ…髪……)」
そうだ、髪は燃えちゃったんだ…
本当ならもっと早くに切るべきだった
もっと早く、捨てるべきだった
あの時の私は、きっと忘れたかったのかもしれない。
胸の苦しみを、心の痛みを、
この想いを
「(忘れたかったな)」
あのまま、忘れていたかった……
医務室の戸が開いて、花は顔を上げた。
「ああっ、花起きたんだね」
「伊作」
救急箱を持った伊作が急いで花のそばにやって来た。
「気分はどう?」
「……最高に、最悪だね」
「まあ、無理もないよ…包帯替えるね」
伊作は苦笑いしながら花の包帯を取り替える。
「光ちゃんは大丈夫なの?他の、怪我してる人たちは…」
「光ちゃんはもう心配いらないよ。他の人たちも今診てきたけど、そんなにひどい怪我じゃないから安心して」
傷口からは血が滲んでいる…まだ血は止まっていないらしい。止血も兼ねて、伊作はきつく包帯を巻く。
「ツキヨタケ忍者は全員タソガレドキ城に連れていかれたよ。悪いようにはしない、って雑渡さんは言ってたけど…」
花が口を開く前に伊作が言った。
「あの夜太郎って人は学園長先生と話してる。えーと…他に聞きたいことはあるかい?」
「ううん…ありがとう」
日が昇り始め、辺りが明るくなってきた。花はたらいの水で顔を洗う。
タオルで顔を拭いていると、再び戸が開いて六年生たちがやって来た。六年生たちも身体中に湿布や包帯を巻いている。
「おっ、花起きてるじゃねぇか」
「花〜〜〜!」
小平太が嬉しそうに花に抱きつこうとした、が長次に首根っこを掴まれた。
「…花は怪我してる……」
「静かにしねぇと光も起きるだろ」
「大丈夫か、花」
仙蔵が花のそばに座った。
その"大丈夫"にはいろいろな意味が含まれている、と花は思った。
「うん、大丈夫。思ったより落ち着いてるかも」
花は軽く笑った。それでも留三郎や長次は心配そうな顔をしていた。
「花…」
文次郎の重い声。花は一瞬体を強張らせるが、ゆっくりと文次郎を見上げた。
文次郎は、心配と怒りとが混じった複雑な表情をしていた。
「……文次郎」
記憶を失ってからも何度も見ていたはずなのに、久しぶりに文次郎の顔を見た気がする。
「私は大丈夫だから、そんな顔しないで。それに、私より心配しなきゃいけない人がいるんじゃない?」
そう言って、花は部屋の反対側に目を向ける。そのとき、三度医務室の戸が開いた。
夜太郎が入ってきた。
「ああ…起きたのか」
「おかげさまで」
夜太郎は光の様子を伺い、それから花に向き直った。
「村咲花…お前に話したいことがある」
「うん…、私も」
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