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雑渡さんの訪問から数日が経った。
忍術学園襲撃の危機を知ってから、六年生は鍛練により力を入れるようになった。
五年生以下の忍たまは何も知らないが(混乱を招くといけないので秘密らしい)、近々六年生は実習訓練があるので、そのためだと納得したらしい。
その実習訓練は、実際の忍務と同じような内容で行われる。
例えば、どこどこの城の巻物を取ってこいとか、なになにの忍者隊の人数を調べてこいとかだ。場合によっては人を殺めたり、命を捨てる覚悟も必要になる。
今回の実習は夜に行われ、前回の実地訓練で組んだペアで訓練に臨む。
実習訓練、当日
朝から灰色の雲が空を覆い、時折強い南風が吹いた。
「(嫌な風…)」
花は胸騒ぎがした。
何も起こらなければいいけど……
夜、先生たちに見送られて六年生は忍術学園を出発した。与えられた課題をこなし、朝までに学園に戻れば合格だ。
花と文次郎は夜の森を駆ける。今夜は雲で月が隠れている上、風で木々がざわつくので動きやすい。
今回の忍務は「マイタケ城のミス・マイタケ城嬢の部屋から金の簪を取ってくること」だった。やけに簡単だと、何か裏があるのではないかと疑ったが今はとりあえず忍務を遂行するのみだ。
花と文次郎は、マイタケ城を見下ろせる森に身を潜める。正門と裏門それぞれに見張りが二人ずつ、それ以外に人の気配は無い。今にも雨が降りそうな空模様なので、誰も外に出ようとは思わないのだろう。
「最終確認だ」
文次郎がマイタケ城の見取り図を広げる。
「ミス・マイの部屋はここだな」
「潮江くんが西、私が東から入ればいいんだよね」
「ミス・マイの部屋の天井裏で合流だ」
「了解」
二人はそこで分かれ、花は城の東側へ回る。人が少なかったことと月光が無いおかげで、花は簡単に城の中へ入ることができた。
城の中にもほとんど人がいない。みんな、自分の部屋に引っ込んでいるのだろう。
見取り図を頭に思い浮かべ、ミス・マイの部屋に向かう。
「(たしかこの辺り……、あ)」
足音が聞こえ、花は天井裏に身を隠した。隙間から覗くと、ミス・マイタケ城嬢が歩いていた。
「(厠かな)」
つまり、今、部屋には誰もいないということだ。そのまま天井裏を進み、文次郎と合流した。
「今だな」
「私が行くよ」
そっと天井を開け、花は部屋に降りた。キラキラと輝く金の簪はすぐに見つかり、それをそっと手に取って天井裏に戻った。
「綺麗…」
金の簪は、まるで光でできているように輝いている。
「感想は後だ、出るぞ」
花と文次郎はそのまま城の外へ出て、再び森に身を隠す。
「ふぅ……簡単だとは思ったけど、こんなに早く終わるなんて」
「少し物足りないけどな」
ギンギンに忍者しているこの男は、苦無をくるくる回して弄ぶ。
ザザァァァ、と森がざわつく。湿気を含んだ生ぬるい風が二人を包んだ。
風に揺れて、金の簪がシャラシャラと澄んだ音をたてた。
「………やっぱり、」
「?」
「やっぱりお前は長い方が似合うな」
数秒経ってから、髪のことを言っているのだとわかった。
「短いの、変?」
「いや、そういうわけじゃねぇ!その、なんだ、つまり…」
文次郎はごにょごにょと何か呟いているが、やがてぽつりと言った。
「お前の髪、好きなんだよ…」
文次郎の顔は真っ赤だった。周りがこんなに暗いのに、よく見えるほど。
「あ、そういえばあの青い髪留め…潮江くんがくれたものなんだってね」
「え?あ、ああ」
「今のままじゃあの髪留めも使えないし、髪伸ばそうかな。ってこの前もこんな話したよね」
ふふふ、と笑う花。文次郎は赤い顔を背けた。
「か、帰るぞっ」
「うん」
二人は再び夜の森を駆けて、忍術学園に向かった。
異変に気付いたのは、学園の北にある森に入ったときだった。
風に混じって火薬と鉄の匂いがし、石火矢を打つ音が聞こえた。花と文次郎は足を止める。
ドクン、ドクン、
嫌な胸騒ぎがした。朝に感じた、あの胸騒ぎが。
空を見ると、灰色の煙が立ち昇っていた。
「学園の方からだ…」
「行くぞ!」
嫌な汗が花の頬を流れる。
「(お願い…)」
どうか、どうか、
「(無事でいて…!)」
もう誰も、死なないで
森を抜けると目の前に広がっていたのは、炎に包まれる忍術学園の姿だった。
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