38
身体計測をしていたら、保健室の天井裏からタソガレドキ忍軍の組頭、雑渡昆奈門が現れた。
「一体どうされたんですか?」
雑渡さんと仲の良い伊作が尋ねる。
「いや、ちょっとね… ん?花ちゃん、髪切ったの?短いのも似合うねー」
花は驚いて目をぱちぱちさせた。
「…誰?」
「花ちゃんが記憶喪失だっていうのはどうやら本当みたいだね。ま、部下に調べさせたんだけど」
雑渡さんはキョロキョロと周りを見回す。
「変な時期に身体計測やるんだね。終わるまで待ってるから、ほら続けて」
雑渡さんは邪魔にならないように部屋の隅に座った(なぜ横座り…?)。
「あ、花、ちょっと背伸びてるよ」
「ほんとに?やったー」
「うわー!私前回より2キロ太ってる」
「なんだこの状況…」
部屋の隅に横座りするくせ者に見守られながら身長と体重を測る…なんとも不思議すぎる光景が広がっていた。
六年生全員の計測が終わって計測器具を片付けると、雑渡さんが部屋の中央に移動した。六年生たちも雑渡さんと向かい合うように座る。
「"前"とはそんなに変わらないけど、やっぱりちょっと寂しいね」
唐突に、雑渡さんは花の頭をなでた。
「"前"は会う度に『雑渡さんだー』って言って飛びついてきてくれたのに」
「そういえばそうでしたね」
「えっ、私そんなことしてたの!?」
「その度に文次郎くんが花ちゃんを引き剥がすんだよね」
「むやみやたらと男に抱きつくな、とか言ってな」
「………」
「そ、それは…!」
花が怪訝な顔をして見つめるので、文次郎は顔を赤くした。
「私は嬉しかったけどね、花ちゃん可愛いし。さて、本題に入ろうか…私がなぜ忍術学園にやって来たのか」
保健室の空気が急に張り詰めたものに変わった。
「忠告しに来たのさ。最近、忍術学園を潰そうとしている奴らがいることを」
「学園を潰す…?」
「でもそれは今に始まったことではないと思いますが」
「たしかに、学園長の力を脅威に感じて学園を潰そうとしたり、学園長の暗殺が企てられることは前からあった。しかし最近…そうだな、夏休みが始まった頃、一ヶ月くらい前からその動きが激しくなってるんだよ」
なぜ雑渡さんが忍術学園の夏休みの日にちを知っているのかは誰も聞かなかった。雑渡さんの目がちらりと光の方に向いたのを、仙蔵は見逃さなかった。
どうやらタソガレドキも全てを知っているらしい。
「それで…学園を潰そうとしている奴らっていうのは誰なんだ?」
「ツキヨタケだよ」
光の体がピクッと反応した。雑渡さんはあえて光の方を見なかった。
「ツキヨタケ…たしか二ヶ月くらい前、ツキヨタケ忍者隊は原因不明の事故で全滅したって聞きましたけど」
「最近になって、また新しく忍者隊を作ったみたいだよ」
「ツキヨ、タケ…?」
花が呟く。
「………何か思い出した?」
「いえ…」
でも、何かが引っ掛かる。
ツキヨタケ城がどんな城なのかは知識として覚えているが、それ以外の何かがある気がする。
その何かが思い出せない……
「ツキヨタケは血の気の多い連中だからね、いつ学園を襲撃してくるかわからないよ。くれぐれも気を付けることだ」
「あとで先生たちにも伝えておきます」
伊作がそう答えると、雑渡さんは笑った。
「タソガレドキもツキヨタケには参ってる。君たちと一緒なら心強いよ」
雑渡さんは立ち上がり、再び花の頭をなでた。
「早く記憶が戻るといいね。それじゃあ…また近い内に会うかもしれないから、そのときはよろしく」
そう言って、雑渡さんは帰っていった。
空はもうオレンジ色で、食堂からは味噌汁のいい匂いがしていた。
「腹へったな!メシ食いに行こう!」
「うん、行こう行こう」
「よーし、食堂まで競争だ!」
「廊下は走るな、阿呆」
仙蔵が小平太の頭を小突く。長次が、どこから出したのか縄標で小平太を縛った。
「犬か、こいつは」
「離せよ長次ー!」
「あはははっ」
わいわいとはしゃぎながら食堂に向かう六年生たち。そんな様子を、光は一番後ろから眺めていた。
もう失くしたくない…
「(ごめんね、お兄ちゃん……)」
今度は、私が守るから
←