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「あっ、あの簪かわいい!」

光が突然駆け出した。向かう先は、簪屋。花もその後ろについていった。

「わあ」
「私、新しいの欲しかったんですよね」

光が自分に似合うものを選んでいる間、花も簪を眺めていた。夏の日差しを浴びて、簪はキラキラと輝いている。

「(綺麗だなあ。でも、)」

私は簪を挿せるほど髪が長くない…

髪は女の命、とはよく言ったもので。周りを見れば、大人の女性はみんな長い髪をしており、男でさえ髷を結うために髪を伸ばしている。それが当たり前なのだ。
恐らく花は忍術学園の中でも1、2を争うほど髪が短いだろう(乱太郎と良い勝負かもしれない)。

簪を挿せず、髷も結えず
女でも、男でもない

簪を見ながら、花は自分の髪の毛先をぎゅっと掴んだ。

「髪、伸ばそうかな…」

ぽつりと呟いた言葉は誰にも届かなかった。届けるつもりも無いのだけれど。

「伸ばせばいいじゃねぇか」

答えてくれる声があった。

「し、潮江くん」
「簪が欲しいのか?」
「あ、いや…そういうわけじゃ」

びっくりした…
まさか誰かに聞こえていたとは

「髪の短い女って、変かな…って思って」

女で在りたいのなら髪を伸ばすべきだ。
戦忍を目指すなら女は捨てた方が良い。

忍、女、髪……3つの言葉が頭の中をぐるぐる回る。

「まあ…髪を伸ばすのも伸ばさないのもお前の自由だから、俺がとやかく言うことじゃねぇ。ただ、」

文次郎は簪を1つ手に取り、花の頭に添えた。

「似合うな、簪」

文次郎はにっと笑った。

「…!」

花は目をぱちくりさせた。

「俺の意見を言えば、もう少し長い方が……何だよ?」

文次郎は、花がじっと顔を見つめてくるので怪訝な顔をした。

「あ、ごめん…潮江くんの笑った顔、まともに見たの初めてだったから」

なんだろう、この感じ

「え、あー…そうだったか?」
「文次郎ってば顔赤くなってる」
「あ、暑いからだろ!」

心がきゅーっと苦しくなって、頭の奥で何かが疼く

「花ー!文次郎ー!光ー!そんなとこで何やってんだよー!」
「甘味処行くぞ!甘味処ー!」
「はーい、今行きまーす!」

光と文次郎はみんなの方へ向かった。
花はその場に立ったまま、片手で頭を軽く押さえた。

何かを思い出しそうな……

「花ー!置いてくぞー!!」
「あっ、ま、待って!」

ハッとして、花は急いでみんなのところへ走る。一歩、二歩と進んだとき、紺色の小袖を着た男とすれ違った。
男は笠を深く被り、顔を隠している。

「村咲花だな」

周りの人間には聞こえない、花にだけはっきりと向けられた言葉。

「え…」

花は後ろを振り向く。しかし、紺色の小袖も笠を被った人間もいなかった。

「……?」

花はきょとんとして、その場に立ち尽くしていたが、

「花〜〜〜!!!」

小平太の焦れったそうな声にハッとし、急いで走っていった。

そんな花の様子を、紺色の小袖の男は建物の陰から見ていた。花が走っていく先には、光の姿もあった。

「村咲花、そして月島光の生存を確認…」

そう呟くと、男は人混みの中に姿を消した。


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