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明日から夏休みが始まる。
夏休みは他の長期休暇と比べると長いので、家に帰る忍たまがほとんどだ。普段は鍛練や委員会で学園に残る六年生や五年生も例外ではなかった。

もちろん花も帰る予定だ。最近引っ越したばかりだという新居に。

聞けば、両親が亡くなった後花は潮江家に引き取られたんだとか。そして先月、自立のため家を出て一人暮らしを始めたらしい。

「(私…潮江くんと一緒に住んでたんだ…)」

うわぁ、と複雑な心境の花。
もし今も潮江家で生活していたら、きっと私は耐えられなかったと思う。仕方ないとはいえ、10年もお世話になったことを忘れてしまったなんて…!

おまけに、今は光ちゃんも潮江家で暮らしているらしい。

「(これは、家を出てて正解だったかも)」

私がいたら、家族同士や恋人同士に水を差すことになっちゃうもんね…

翌日

「おおお〜〜、ここが花の家か!」

上がるなり早々ごろりと床に寝転がる小平太は、まるで犬みたいだ。

「小平太!お前は少し遠慮というものを覚えろ!」
「わあ、綺麗な家だね」
「………もそ…(お邪魔します)」

花の家には、文次郎と光を除く六年生全員が集まっていた。家に帰る途中で、ついでだからと花の家に遊びに来たのだ。

家にはまだ物が少なく、生活するのに必要な最低限のものしか無かった。
帰ってくる途中で多少の食料とお茶菓子は買ってきていたので、花はお茶を淹れた。お茶菓子は、美味しそうな栗饅頭だ。

「いただきます!……ごちそうさま!」
「早っ!もっと味わえよ!」
「おかわりならあるから」

わいわいと楽しいお茶の時間。学園だろうと誰かの家だろうと、普段と何も変わらない風景だ。いつもより少し静かなこと以外は。

「(光ちゃんと潮江くんも誘えば良かったかな…。邪魔しちゃ悪いと思って声をかけなかったけど)」

恋人、って考えると気が引けるんだよね。

「(それに私、潮江くんに避けられているような…)」

他の六年生とはよく話すけど、

「(潮江くんとはあんまり話したこと、無い気がする)」

話しかけるのはいつも私からだし(未返却の本の回収とか)、態度も素っ気ない(気がする)し…

「(光ちゃんが話してくれる潮江くんとは全然違うんだよな)」

光ちゃんの話す潮江くんは、優しくて、何事にも真っ直ぐで、ちょっとツンデレで、自分にも他人にも厳しいけど光ちゃんには少し甘いとかなんとかかんとか。
仮にも、家族として暮らしてきた(らしい)というのに。

「私、嫌われてるのかな…」
「誰に!?」
「え。あ、ううん何でもないよ!(声に出してた…危ない危ない)」

それからは花も文次郎のことを考えることもなく、いつの間にか夕方になっていた。

「ここは夕日がよく見えるな」
「綺麗ー」

沈んでいく夕日を見て、花は胸が締め付けられるような切なさを感じた。

「みんな…今から家に帰ったら夜になっちゃうよね…」

花は俯きがちに言った。

「その…よ、よかったら…ご飯、食べていかない?すぐ作るから……どうかな?」

そう尋ねると、

「え、いいのか?」
「わーい!花ん家にお泊まりだ!」

嬉しい返事が返ってきた。

「じゃあ少し待っててね」

みんなの笑顔に、花も笑顔になった。急いで台所に立ち、食事の支度を始める。

「急にどうした?」

花の隣に立ち、手伝いをする仙蔵が小声で聞いてきた。

「………わかんない」

それまでテキパキ動いていた花の手が止まった。

「自分でもよくわかんない、けど…さっきの夕日を見てたら、すごく寂しくなったの」

涙が出そうになるくらい。

「一人になりたくない、って」

消えてしまった記憶の中に"夕日"に何かつらい思い出でもあるのか、
とても、苦しくなった。

「……………」

花は再び手を動かし始めた。

ただ、その表情は……

「花…?」

少しだけ、"前"の花に戻っていた

仙蔵には、そう見えた。


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