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花が、帰ってきた。
傷だらけで、どこか緊張した表情で、髪も短くなってて、

「記憶…喪失……」

大切なものを、失って。

花の記憶は、10年前の故郷を失った日で途切れていた。
花が言うには、燃える家から両親が逃がしてくれた後、川辺の茂みに隠れて、そのまま意識を失い……気付いたら、兵庫水軍の人たちに助けられていたらしい。その間の10年間を、全く覚えていないようだ。

「記憶喪失ってのは治るのか?」
「うーん…人それぞれかな…?たとえば、記憶を失った瞬間と同じ衝撃を与えると記憶が戻る人もいるし、何をしてもダメな人もいる。そんな人は、そこから新しい人生を始めるみたいだけど。何しろ記憶喪失なんて珍しいから…」
「……………」

もちろん記憶が戻るに越したことはない。でも、もし一生記憶が戻らなかったら…

「(……なんだ?)」

文次郎はぐっと拳を握る。

花の記憶が戻らなかったら

そう考えると、胸が苦しくなった。

悲しい……当たり前だ。
花は家族で、大切な仲間だ。

仲間、だからだ……

***

記憶が無いとはいえ、性格が変わったわけではないので、花は花のままだった。優しくて真っ直ぐな花だ。
ただ、一つだけ違うことがあった。

「長次くん、本を返しに来たよ」
「………もそ…(くん?)」

「留三郎くん、ちょっと修理をお願いしたいんだけど、いいかな?」
「え、あ、ああ…(くん付けされたの初めてだな)」

「ねぇ仙蔵くん、伊作くんがまた落とし穴に落ちてるけど…」
「いつものことだ(仙蔵くん、か…)」

花は俺たちのことをくん付けで呼ぶようになった。

「なあ花、昔みたいに呼び捨てで呼んでくれよ!くん付けされると何か違和感があるんだよ」

夕食時、小平太がせがむ。

「僕も呼び捨てがいいな」
「俺も」

伊作、留三郎が同意し、長次も首を縦に振る。俺は何も言わずに、成り行きを見守る。

「え、でも…いきなり呼び捨てなんて…」
「いいから、いいから!ほら、小平太って呼んで!」
「花は覚えてなくても、今までずっとそうしてたんだから」
「う…でも……」

渋る花。今の花の中では、俺たちに対してまだ壁があるようだ。

「じゃあこうしよう!次からくん付けで呼んだら、花にチューする!」
「えっ?」
「バッ、バカタレーイ!!!何を言い出すんだ小平太は!」

俺は思わず立ち上がった。

「なんだよ文次郎!あ、もしかして文次郎も花にチューしたいのか?」
「そっ、そういうことじゃなくてだな!」
「でも文次郎には光がいるから、花にチューしたらダメだぞ」
「だから、そうじゃなくて…!」
「文次郎、落ち着いて」

光がなだめるように文次郎の服を引っ張る。文次郎は何か言いたそうにしたが、大人しく座り、気を落ち着かせるために茶をすすった。

「……潮江くん、顔真っ赤」

文次郎の顔を見て、花がクスクスと笑った。

「なっ…!」
「ホントだ!猿の尻みたいだな!」
「なに興奮してんだよ」
「暑苦しいぞ、文次郎」
「うるせえええ!!!」
「文次郎の方がうるさい」

文次郎は言い返したいのをぐっと我慢し、再び茶をすすった。

そうだ、俺には光がいるだろ。
花が誰とキスをしようが、俺には関係ないことだ。

それなのに、花が他の男とキスをすることを考えたくなかった。

花は家族だ
妹のような存在だから

きっと、それだけだ


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