26
朝が来た。

仙蔵は読んでいた本から目を上げ、窓から空を見上げた。夜中までは晴れていたが、今は分厚い雲に覆われている。

「(花は帰ってこなかったか…)」

仙蔵は、花と光の部屋で本を読んで夜を過ごしていた。
光は昨夜も文次郎と過ごした。つまり仙蔵は自分の部屋には帰れず、鍛練する気にもならなかったので、誰もいないこの部屋に来たのだ。
しかし夜が明けて朝になっても、部屋の主たちは帰ってこなかった。

「(当たり前か)」

光はともかく、花はもう…

仙蔵はぐるりと部屋を見回した。部屋は殺風景で、花が使っていた部屋の半分側には、ほとんど荷物がなかった。この部屋は、もう光の一人部屋になったのだ。

***

「花はどこ行ったんだ?」

朝食の席で、小平太が不思議そうに言った。

「さっき部屋に行ったけどいなくて、探したけどどこにもいないんだ。荷物もなくなってるし」
「さあ。俺は何も聞いてねぇな」
「まさか……辞めたのか!?」
「花に限ってそれはないだろ」

みんなは不思議がるが、仙蔵、そして光は違った。
"誰にも言わない"
仙蔵は花との約束を守り、沈黙を決め込む。
光はどこか後ろめたい表情で、少し警戒しているようにも見える。

「ごちそうさま」
「あれ、光ちゃんもういいの?」
「はい…お先に失礼します」

光はさっさと食堂を後にし、自分の部屋に戻った。
光が部屋に戻ると、机の上に一通の手紙があった。

ツキヨタケからだ…

光はそっと手紙を開け、読む。

「う、そ…」

手紙の内容は簡潔で、ツキヨタケ忍者隊が全滅したことが書かれていた。夜太郎、そして忍術学園からの刺客は行方不明だということも。

「お兄、ちゃん…」

私のせいだ

光は拳を握った。

「そうか、お前の兄だったのか」

仙蔵が戸口に立っていた。

「仙蔵さん…!?」
「私は全て知っている…花から聞いた」

仙蔵は手紙を読んだ。

「花は"奴ら"を倒せたみたいだな」

相打ち…
勝ちはしないけど相手を倒す、とはこういうことだったのか。

「私のせいなんです」

光はポツリポツリと話した。生い立ち、兄のこと、暗殺忍務のこと。

「自分で忍務に立候補したんです。お兄ちゃんには反対されましたけど…俺が行く、汚れ役は俺だけで十分だ、って。心配してくれるのは嬉しかった」

光は目を潤ませる。

「私はきっと逃げたかったんでしょうね。勝手に本家に連れてこられて、勝手に許婚にされて…だから、逃げたくて」

逃げて逃げて、たどり着いたのが、

「文次郎か」

光はコクリと頷く。
くノ一の忍務には、監視する忍者がいる。潜入先の相手に惚れて、忍務を捨ててしまうことがあるからだ。そういうことになったら、監視役の忍者はすぐにそのくノ一を始末する
光の場合も一緒だ。
監視はなかったが、光は結局始末される運命にあったのだ。

「暗殺なんて、最初からするつもりは無かった。それに、もし忍務を終えたら私は学園を出て行かなくちゃいけない。
もう二度と文次郎と会えなくなる。そう思うと……」

学園(ここ)は、私が居たい場所
城(そこ)は、私が居たくない場所

「あの手紙は、わざと置いたんです。暗号の意味も書き加えて…花さんに読んでもらうために」

真実を知れば、花さんなら動いてくれる
そう、思った

そして、昨夜……

「ひどい女ですよね。自分が、自分だけが悪いのに…」

傷つくのは、いつも周りの人たち

「お前が悪い、とは言い切れないんじゃないか?」
「え…」
「誰かがお前のことを恨んでいるわけでもない。自分のために、自分なりに戦った。
お前はただ、文次郎と一緒にいたかっただけだろう」

光は、少し救われたような表情を見せた。しかし、すぐに俯く。

「でも…花さんは…」
「花だって同じだ。一人になりたくなかった。大切なものを失くしたくなかった。
それだけだ」

そして、花は大切なものを守れたのだ。
仙蔵は光に背を向け、戸を開けた。

「誰も悪くない」

ポロポロと涙を流す光を残し、仙蔵は部屋を出ていった。

「(その涙を拭うのは、私の役目ではない)」

空が泣き始めた。

誰も悪くない
ただ、それぞれが自分のために戦っただけだ

「(それでも、花と光には違うところがあった)」

"自分のため"に戦った結果が、"誰かのため"になったかならなかったか。
それだけだ。


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