25
地響きが収まり、静かになった。

花は、生きていた。岩に潰された痛みも圧迫感もなかった。
そっと目を開ける。

「……え、」

目の前には紺色の髪の毛。

「どうして…!」

夜太郎が花に覆いかぶさり、岩から庇っていた。
幸い直撃は免れたようだが、それでも夜太郎は頭から血を流していた。ほとんどの岩はそのまま滝壺へ落ちたようだ。

「なんで…」

敵、なのに

「知るか…体が、勝手に…動いて……」

夜太郎は、花の横にドサッと仰向けに倒れた。

「いや……たぶん、お前が…妹に似てるから…」
「妹?」

火の手が花の髪や服に伸びてきた。夜太郎の服も焦がしていく。

「お前と同じくらいの年で…すっげえ、美人でさ……お前みたいに…一つのことに一生懸命…」

もしかして、

「月島 光。俺の、たった一人の妹だ」

夜太郎と光は、兄妹…

「俺たちが小さいときに親は死んで…光は赤ん坊だったから…俺がずっと守ってきた。たった一人の家族…大切な妹だから…」
「そんなに大切なら…どうして光ちゃんに暗殺なんて」
「上の命令だ…仕方ねぇだろ」

夜太郎は一旦言葉を切った。

「光ちゃんは姫君でしょう?」
「俺と光は分家の人間だ…親が死んだあと本家に引き取られた。本家の長男と光は、許婚なんだ」
「許婚って…!」

光ちゃんには決められた相手がいたってこと…!?

「そいつは良い奴とは言えない野郎で、光も嫌っていた。忍術学園に潜入する忍務は光が自ら申し出たんだ…
でも、光は忍務を捨てた。忍務を捨てて、光は男を選んだ」

全てを捨てて、光は文次郎を選んだ。それをツキヨタケは裏切りと捉えた。
そして、夜太郎たちが送られてきたのか…

「でも…それじゃあ、」

花は言葉を失った。

夜太郎が、泣いていた。悔しそうに、苦しそうに、泣いていた。

「できるかよ…っ!」

声が震えている。

「たった一人の…妹だぞ…!?光だけは…あいつだけは絶対に失くしたくねぇ…!」

何よりも大切な人を、自分で消さなくてはいけない。

「もう失くしたくねぇんだよ…!!!」

夜太郎の気持ちは痛いほど花にもわかった。

私も、同じだから

「妹を…大切な人を失くしたくないなら…あなたは今ここで、私と戦わなくちゃいけない」

花は立ち上がった。

「そして、私はあなたに負けるわけにはいかない」

夜太郎も立ち上がり、刀を握る。服を焦がしていた炎が体を包んでいく。髪や服の焦げた臭いが鼻を突く。

熱い、痛い、苦しい

それでも、戦わなくちゃ

理由は同じ

"大切な人を守るために"

花は苦無を、夜太郎は刀を構える。
同時に動き、刀は腹を、苦無は首元を引き裂いた。

真っ赤な血が舞い上がった。

カラン、と音をたてて二人は武器を落とした。そのまま同時にドサリと倒れる。
手で腹を押さえるが、血はドクドクと流れ続ける。ふいに、夜太郎の声が聞こえた。

「…なぁ…、光、は…光は…幸せ、だった、か…?」

幸せ?

「うん…きっと」

文次郎は、幸せだって言ってたから、きっと、光ちゃんも…

「そ、か……よかった…」

ピシ、と地面にヒビが入り、地面は大きく割れた。崩れた岩や地面と共に、花と夜太郎は滝壺へと落ちた。

あ…

落下中、燃えてる髪から髪留めがするりと抜けるのが見えた。

待って、燃えないで

花は手を伸ばす。

大切なものなのに

大きな水柱をたてて、花は川に落ちた。

「(これで…守れた、かなぁ……)」

みんなのことを
あなたの笑顔を
あなたの幸せを

私は、守れたかな


文次郎は、今、幸せ?

おう!


あなたがいつも"幸せ"であると

私はずっと、信じてるから

「(文次郎……)」

" 好き "

たった二文字のその言葉が、

最後まで 言えなかった



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