22
その日も、いつもと変わらない一日だった。
それでも今日で最後だと思うと、花には特別な一日に感じた。

いつも通りにみんなと一緒に授業を受け、夕食を食べ、風呂に入る。

「いっ、たぁー……」

鍛練で負った怪我は治っていない。それでも花は構わなかった。

「(もう全部終わるからね)」

いつもより少し長めの風呂を出て、部屋に戻る。布団は昼間の内に干して押し入れにしまったし、私物も捨てられるものは捨てた。
明日から、ここは光の一人部屋になるのだから。

忍装束に着替え、いつもの青い髪留めでしっかり髪を結ぶ。
やることはやった。あとは、時間を待つだけ。

今夜も光は文次郎の部屋だ。
夜中になって起きてる人が少なくなるまで、花は部屋で待った。

やがてホゥホゥ、と梟の鳴き声が聞こえた。
とても静かだ…

「(そろそろ行こう)」

花はゆっくりと立ち上がり、そっと部屋を出た。
今夜は満月だ。花は少し満月を眺め、そして廊下を歩いていった。

「あ…」

前から、文次郎が歩いてくる。風呂上がりのようだ。

「お、花か…なんだ?鍛練か?」
「うん」

文次郎と話すの、久しぶりだな。

「怪我しねぇように気をつけろよ」
「うん…ありがと」

上手く声が出ない。
これで、最後なのに…

すれ違う二人。文次郎が離れていく。

遠くなる…

「文次郎!」

思わず花は呼び止めた。

「ん?」

文次郎は立ち止まり、振り向く。

花は文次郎の目を見つめた。胸がどんなに痛くても、苦しくても、逸らすことはしなかった。

これで、最後だから

「あ、あの…1つ聞いてもいい?」

今なら、聞ける気がする

「文次郎は、今…」

聞ける気がするんだ

「幸せ?」

文次郎はちょっと目を見開いたが、

「おう」

笑顔で、そう答えた。
その笑顔に花は泣きそうになったが、グッと堪えて、

「よかった」

花は微笑んだ。

よかった
最後に、あなたの笑顔が見れて

「(よかった…)」


門の前に着き、花は学園を振り返った。

私の、唯一の居場所

「(もう、戻ってこれない)」

行ってきますは、言わない。

「別れは言わんぞ」
「せ、仙蔵…!?」

木から仙蔵が下りてきた。

「どうして…」
「本当は見送りはしないつもりだったのだが、今部屋に入れなくてな」

あ、そうか。文次郎と光ちゃんが…

「結局、文次郎には何も伝えなかったのか」
「知らなくていいって言ったでしょ?私の気持ちなんて、文次郎は知らなくていいの」
「お前は、弱いな」

仙蔵の一言が、心に響いた。

「………そうだよ、私は弱いの。臆病で意気地無しで、心の弱い人間」

私は逃げてるだけだ

「みんなを守るため、って言えば良く聞こえるけど…私が、ひとりになりたくないだけ」

もう苦しみたくないから

「もうつらい思いをするのは嫌だから。結局、自分のためなの」

満月が雲を覆った。

「行かなくちゃ。仙蔵、ありがとう」

花は微笑むと、門を飛び越えて行ってしまった。

「……ひとりになりたくない、か」

門を見つめ、仙蔵が呟く。

「"自分のため"に死にに行く馬鹿がどこにいる」

本当は、誰よりも心の強い人間で

「"文次郎のため"、だろう?」

誰よりも幸せになるべきなのに

仙蔵は門に背を向け、長屋に向かった。
雲から顔を出した満月が、淡く照らした。

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