21
"その夜"まで、あと三日になった。
相変わらず鍛練の毎日で、花はまた数ヶ所擦り傷を増やしていた。
「いてて…お風呂に入ると傷に染みる…」
草木も眠る丑三つ時。一人で風呂に入り、花は窓から空を見上げる。
あと、三日か…
改めて自分の体を見る。白い肌に、血の滲む傷はよく映えた。ズキズキと地味に痛む。
それでも、あと三日で終わるのだと思うと花はホッとした。
風呂を出て、静かな廊下を歩く。今夜は鍛練している忍たまは少ないようだ。
あと二、三日で満月になる月が花を照らす。
忍者は月を嫌うが、花は好きだった。
「(私って、忍者に向いてないのかも)」
忍務か仲間か、と問われれば迷わず仲間と答えるだろう。
仲間を失うくらいなら、自ら犠牲になることも躊躇わない。
そんな考えでは、忍者にはなれない。忍者の世界は、そんなに甘くない。
「(でも私は、忍者になりたいわけじゃない)」
力が欲しい
「(ただ、強くなりたい)」
守れるくらいの力を
「(強くなりたい、だけ)」
ただ、私は………
「…あっ、あぁっん……やあっ…」
突然聞こえた艶やかな声。花は驚いて、その場に固まってしまった。
声は、目の前の部屋から聞こえた。
文次郎と仙蔵の部屋。
「やっあぁっ…だ、だめえ…ッ」
「…!」
これ…光ちゃんの声…!
じゃあ、相手は…もちろん……
離れなくちゃ
早くここを離れなきゃ
頭ではそう思っているのに、足は動いてくれない。体がどうしようもなく震える。
お願い…動いて…!
「んんっ…ああっ…もんじ、ろ…あっ」
「…ッ、ハァ……光…」
やめて
もう、やめてよ
もうこれ以上は、堪えられないよ…!!!
チラチラと灯りが視界に入り、花はふと目をとられた。部屋の襖が少し開いていて、一枚のふとんの上に男女の足が絡みあっているのが見えた。
花は、ぎゅっと目をつぶる。すると、まるで金縛りが解けたように足が動き出し、花は自分の部屋まで走っていった。
部屋に入ると戸を閉め、荒い息のままズルズルと床にしゃがみ込んだ。
膝を抱え、顔を埋める。まだ体は震えていた。
見たくなかった
知りたくなかった
二人は恋人同士で、私もそれはわかっているはずだった
受け止めたはずだった
それでも、やっぱり……
ぎゅ、と拳を強く握る。
全部、自分が招いた結果だというのに
私は何もしなかった
こわいから、何もできなかった
あなたの隣に居られることが幸せだったから、
あなたの笑顔を見れることが幸せだったから、
もしこの想いを伝えてしまったら、
もうあなたのそばには居られないような気がして
「(苦しい、)」
苦しいよ……
窓から差し込む月の光が、花を淡く照らした。
「(あと三日…)」
それでも、あと三日で終わるのだと思うと、花はホッとした。
←