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「国王様。ロベルト様が議会に挙げた孤児救済案についてですが、今しがた賛成多数で可決されたようです」

「そうか。それはロベルトも喜ぶだろう。それで、税制改革についての審議はどうなっている?」

「はい。労働改革法案は野心的とする一方、地下経済の規模縮小に向けて、しっかりとした対策を講じる必要があるとの指摘が……」




水を引いたように薄く伸びた青空。
鱗雲は高く、風は秋の匂いを乗せてアルタリアの街を吹き渡る。
この国の中枢であるアルタリア城は今日も穏やかに、その一日を始めようとしていた。




「……ですので、審議は次回に持ち越す事に」

「成る程。わかった。お前はもう下がっていい。後の事はロベルトが戻ってから話を進めるとしよう」

「かしこまりました」




城の一室では、国王が纏め上げられた書類の山に小気味良く捺印を済ませていた。
タン、タン、と続く捺印の音は、ロベルトと違って気儘に途中で止まる事は無い。
側近と会話をしつつも書類の全てに目を通し、印を押していく。
それら無駄の無さに、国王の傍らに控えるアルベルトは改まって内心に敬服していた。




「アル。すまないが、何か……」

「お持ちして参りました」

「流石だな。良く私の動向を先読みしたものだ。ああ、だが今は紅茶よりも……」

「ボルレーノのブルー・エスプレッソになります。どうぞ」

「……驚いた。本当に良くわかったな」

「昨夜は大分遅くまでワインを堪能されていたご様子でしたので。深酒された翌日は、国王様は大抵エスプレッソを求められますから」

「成る程、確かに……。アル、お前は良い嫁になるな」

「国王様までロベルト様のようなご冗談を仰有るのはやめてください……」

「ははっ」




気取りの無い笑い声を上げる国王に、アルベルトは眉を下げて困った顔を見せた。
国王から醸し出される覇気や風格、威厳のある佇まいとは圧倒的で、流石にロベルトの比では無い。
だが、こういった場面で垣間見る国王の素の部分は、実にロベルトに似通っていてユーモアがある。




「時にアルベルト。ロベルトは何処に出掛けたんだ?今朝から姿が見えないようだが」

「ロベルト様でしたら茉莉様とご一緒に街までお出掛けになられました。茉莉様がいただた野菜のお礼に、青果店へ向かうと……」

「ああ、朝食に出たあれか。それはいい。感謝の心は大切だ」

「笑い事ではありません。婚約を発表した今、ロベルト様と茉莉様のツーショットを納めようと、以前にも増してパパラッチ達が躍起になっているというのに、そうそう気楽に外出されては堪りません」

「いいじゃないか。護衛も付けているんだろう?」

「それが心配なのです。今頃、その護衛を振り切っていなければいいのですが……」




「はぁ」と溜め息混じりに先行き不安気な表情を見せるアルベルトに、国王がまたもや愉快そうに笑う。
父一人、子一人。
一国を背負う立場はあれど、国王のロベルトに対する愛情は、まだまだ父親のそれが強い。




「それで、ロベルトは直ぐに戻ってくるのか?」

「いえ。お帰りは午後になるかと。シャルル王国のエドワード様から招待を受けておりますので、青果店に出向いた後でシャルル城に向かうようです。何やら、本日はロベルト様だけでなく5か国の王子達もご一緒だとか」

「……そうか。6か国間の親交が深まるのは良い事だ」




キィ、
国王の腰掛けるアームチェアが甲高く軋む。
国王は椅子を反転させると窓の外を眺めた。
鱗雲の踊る、清々しい青空を見詰める国王の瞳は、何かを含んでいるようにアルベルトには見えた。




「……ロベルト達は、それでいい」




そう呟いた国王の言葉に、アルベルトは「?」と小首を傾げた。
一体、それはどういう意味なのだろうと、アルベルトが国王の発言に深読みを始めた時。
コンコンッと室内にノック音が響いた。




「誰だ?何用だ」

「恐れ入ります、国王様。ベラルーシでございます」




視線を向けた先、扉の向こうでノック主は自らの名を名乗る。
一礼の後に室内に姿を見せたのは、アルタリア王国の官房長官ベラルーシだ。




「どうした、ベラルーシ。こんな早くに……。何か緊急の事態か?」

「謁見の間も通らず、国王様には大変な無礼を申し訳ありませ……」

「前置きはいい。それに、お前が私に直々に話がある場合、大抵は国の一大事だ。心構えは出来ている。話せ」




緩やかに流れていた一時も、長官が現れた事で瞬く間に雰囲気は一変した。
緊迫したそれが走る中、国王からはアルベルトに席を外すよう促す指示は無い。
寧ろ、この場に立ち合わせるつもりだ。
一刻を争う緊急の事態ならば、直ぐにロベルトへと伝達させる為だろう。

ベラルーシは一度、ちらりとアルベルトを横目に見たが、国王に向き直ると静かに口を開いた。




「実は……国王様に折り入ってお話したい事がありまして、本日は参りました。国王様とロベルト様、そして……アルタリア王国の今後の行く末にも関わる重大なお話を……」








空は青く澄み渡り、風は秋の匂いを乗せて何処までも遠く流れていく。
アルタリアの大地に降り注ぐ陽の光は今日も平等に、全ての人々を目映く照らす。

照らした陽の光の足元に、
漆黒の影が生まれる事などは知らずに―――……。















Beautiful―――.2

――――――Roberto Button















「店主さんも奥さんも喜んでたね。ロベルトに会えたのが凄く嬉しかったんだろうな」




そう言って、茉莉は隣を行くロベルトに微笑み掛けた。
茉莉の笑顔を受けたロベルトも、同じように微笑みを返す。




「お礼をしに行ったのに、また沢山頂いちゃったね。城まで届けてくれるって言ってたから、シェフに頼んでまた料理に使って貰おう。茉莉がケーキに使った苺も美味しかったけど、今朝のサラダも凄く美味しかったし」

「うん!」




アルタリアの市街地を歩きながら、茉莉とロベルトが互いに笑みを送り合う。
通りを歩く二人は今、温かな想いに胸をほっこりとさせていた。
昨日、茉莉とシンシアが訪れた青果店へと、今しがた二人でお礼をしに行った所だ。
店主夫婦は突然のロベルトの訪問に終始興奮頻りで、客や通行人を巻き込みながら二人を盛大に歓迎してくれた。
その時の様子を振り返り、茉莉はくすりと微笑んだ。




「やっぱりロベルトは街の人達に愛されてるんだね。子供達にも沢山囲まれて……いいなって思った」

「俺だけじゃないよ。皆、茉莉に会えて嬉しそうだったし」

「ううん、羨ましいとかそういうのじゃなくて。王子様なんだけど壁が無いっていうか、街の人達に対しても気さくで……。立場とか抜きに、誰に対しても距離が近いロベルトの事をいいなって思ったんだよ」

「え?それって、俺に惚れ直したって事?」

「う〜ん。そうなるのかな?」

「え?ホントに?うそ、すっごく嬉しいんだけど、でもいつの間に?!茉莉が俺に惚れ直してくれるような場面なんてあったっけ……自分じゃ全然わからないや」

「ふふ!それだけロベルトが自然体だったって事だよ」




「ええ?」と首を捻るロベルトは本当に身に覚えが無いといった様子で、頻りに青果店での滞在時間を遡っている。
そんな彼の横顔を斜め下から見上げる茉莉は、くすくすと笑みを溢した。
温かな想いのまま二人、肩を並べて通りを歩く。
すると、そんな二人の存在に周囲を行き交う人々がちらほらと勘付き始めたようだ。




「おい、あれって……」

「もしかして……ロベルト様?!」




一人が挙げた声は、瞬く間に周囲を伝って波のように広がっていく。
結果、ロベルトと茉莉はあっという間に周囲をぐるりと取り囲まれてしまった。




「ロベルト様!」

「おい、茉莉様もご一緒だぞ!」

「わ……!」




ロベルトの姿に気付いた街の人達が、一斉に駆け寄って来る。
瞬く間に二人の周囲には人垣が出来上がり、辺りは騒然となった。
だが、二人を取り囲む人々はミーハー的なそれとは何処か雰囲気が違うようだ。
街の人達は皆、ロベルトを見付けるや否や、我先にと感謝を口にしていった。




「ロベルト様、お久し振りです!バトワです!」

「あれ?バトワさん、どうしてここに……あ、もしかして、このお店って?」

「はい!あの洪水で店をやられた時は一体どうしたらいいものかと途方に暮れましたが、お陰様で何とか無事に仮店舗をオープンするまでに至りました。それもこれも、あの時ロベルト様が最前線に立って我々に尽力してくださったからです。ありがとうございます!」

「俺や王家への礼はいりません。皆さんが心挫けず、希望を持ち続けたからこそですよ。でも本当に良かっ……」

「ああ、ロベルト様!ロベルト様にどうしても直接お礼を言いたかったんです!なぁ、母ちゃん!」

「本当にロベルト様には何てお礼を申し上げたら良いのか……。ロベルト様のお陰で立ち退きせずともよくなったんです。あの家を失わずに済んで、きっと天国にいる主人も喜んでると思います」

「アンドレアさん、それにお母様も……。そうですか、それは本当に良かったです」

「ロベルト様〜!ロベルト様、聞いてくださいよ!うちの馬鹿息子がやっと家を継ぐ気になってくれたんですよ!いやぁ、これで祖父の代から受け継いできた伝統の技を途絶えさせずに済みます。その節は本当にありがとうございました!」

「ロベルト様!またお忍びでうちのクラブに遊びに来てくださいね!子供達もロベルト様とまたサッカーしたいって口々に言ってるんですよ」

「あ、ロベルト様だ!」

「お〜い、皆!ロベルト様がいらっしゃってるぞ!先日の橋建設のお礼をしに行かないと……!」

「ロベルト様ー!」




人の波は途切れず、人垣はどんどんと大きくなっていく。
中には単にロベルト見たさに集まってきた人もいるが、大半は何かしらロベルトや王家と縁のある人々で、その数の多さには茉莉も素直に圧倒されてしまう。






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