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「……ん……」




目を醒まそうとするも、いつになく瞼が重たいような気がして、茉莉は瞼を二〜三、こしりと擦った。
未だ夢半分な頭で腫れぼったい目の原因を探ったなら、ふと思い出す。
ああ、そうか。
昨夜、散々と泣いたから。
それで瞼が腫れて重たいのだと、微睡みの中で答えを手繰り寄せた、数秒後。




「……ロベルト?」




ふっと目を開けた茉莉が、直ぐに探したのは隣で眠る愛しい人の姿。
だが、目覚めたならその人が隣に居ない。
枕から首を上げて、辺りをきょろりと見渡してみるも部屋の何処にも見当たらない。




「ロベルト、何処?……何か飲み物でも飲んでるのかな……」




「今夜は一緒に眠ろう」、
そう言いながら微笑んだ彼と、昨夜は一つのベッドで寄り添って眠りに就いた。
温かな腕の中で、
温かな胸に頬を寄せて、
沢山と落とされるキスに愛しさを感じながら、深い眠りに落ちて行ったのは数時間前。




「ロベルト?……ロベルト、居る?」




身体を起こして、茉莉は再び室内を見渡した。
部屋をぐるりと四隅までを見渡した流れで、視線を落とせばベッド下には彼のスリッパが揃って並んだまま。




「……ロベルト?」




……―――ドクン、と、
嫌な胸騒ぎが茉莉の身体中を駆け巡った。




「ロベルト……ねぇ、ロベルト何処に居るの?」




瞬時に頭は昨夜の彼の台詞をプレイバックさせた。
泣きそうな笑顔で、それでも決意を込めた瞳で彼が放った言葉を。
「王家を出て行く」と、彼は確かそう言っていた。




「ロベルト……!」




衝動に突き動かされるまま、ベッドから飛び起きた茉莉は、裸足で部屋を駆け出した。
ドクン、ドクンと嫌な心音が耳の奥から聞こえてくる。
寝間着の裾を裸足で踏み付け、転びそうになりながらも茉莉は駆け足でドアへと向かった。
するとその時、視界の端に見慣れない物が映った。




「手紙……?」




茉莉の視線の先に留まったのは、机の上に置かれた一通の手紙。
それを目にした途端、茉莉の胸は更にドクンと激しく悲鳴を上げた。




「まさか……そんな……」




手紙を手にしなくとも、
文面に目を通さずとも、
そこに書かれているだろう内容を予感してしまった。
恐る恐る伸ばした指先で手紙の差出人を確認すれば、書かれていた名は、「ロベルト」。




「……嘘……」




かさりと手紙を開く。
その指先が震えて止まらない。
便箋に綴られていた文字に、書き起こされた彼の言葉に、茉莉の膝は支えを無くしたかのようにがくりと崩れ落ちた。




「嘘……嫌、嫌だよ、そんな………」




それは、ロベルトから茉莉へと贈られた、一通のラブレター。
一文字、一文字に想いを込めて綴られた愛の手紙は、始まりも終わりも、「大好きな茉莉へ」という一文で括られていた。




「嫌だよ、嫌……一人にしないで……ロベルト……!」










……―――大好きな茉莉へ。




「アルベルトさん……アルベルトさん!」

「茉莉様?!如何なさいましたか?!」

「アルベルトさんは何処に……今、何処に居ますか?!」




おはよう。
ぐっすり眠れた?
昨日は俺のせいで、茉莉を沢山泣かせちゃったね。
ごめん。
起きた時、この手紙を読んでる茉莉の目がウサギさんみたいに真っ赤になってたら、どうしよう。




「それが、アルベルトさんが何処にもいらっしゃらないので、私達も今探していた所でして……」

「……え?」




茉莉の真っ赤な目が、朝には少しでも治っているように、おまじないのキスを贈るね。
それから、先回りしておはようのキスも。




「アルベルトさんも居ないの?そんな、まさかアルベルトさんもロベルトと一緒に……?」




この手紙を読んでるって事は、朝起きたら隣に俺が居なくて、きっと茉莉を驚かせた後だよね。
ごめん。
なんて、さっきから俺、謝ってばかりだ。
それも……ごめん。




「どうした。一体何の騒ぎだ?」

「国王様……!」

「茉莉さん?どうしたんだね。何かあったのか?」




全部、全部ごめんね。
茉莉の隣で一番におはようを言えない事も、茉莉を一人にさせてしまう事も。




「ロベルトが…っ…それに、アルベルトさんも……!」

「……ロベルト?あの子がどうかしたのか?」




寂しい思いをさせる事も。
心配させるかもしれない事も。
不安にさせるかもしれない事も、沢山沢山、不安にさせるかもしれない事も。
でも、これだけは信じて。




「っ、ロベルトが……ロベルトが……!」




必ず、また迎えに行くから。
それまで、俺を信じて待っていて欲しい。




「居ないんです、何処にも……ロベルトが、それにアルベルトさんまで……」




例え、星と星ほど離れていたとしても、いつだって茉莉の傍に俺の心はあると誓うよ。
大好きな茉莉へ。




「ロベルトが何処にも居ないの……っ……!」








……―――ロベルトの嘘吐き。

おまじないだなんて言って、全然効かなかったよ。
私の目はあれからずっと真っ赤な兎のまま、ロベルトを想っては涙ばかり零しているよ。














Beautiful――――.7

――――――Roberto Button














「城内の監視カメラでも確認したが、やはりアルベルトはロベルトに着いて行ったようだ。……何、アルが傍に居るなら心配は無いだろう。アルの事だ、暫くすれば何かしら連絡を寄越す筈だからな」




そう言って国王は近くに控える執事を呼び寄せると、何かを短く言伝てた。
執事は一礼し、颯爽と執務室を後にして行く。




「ロベルトが仮に本気で王家を出て行ったとしても、アルベルトが傍に着いている以上は居所も掴めるし、何らかの支援も出来る。……あの子がそれを拒まなければの話だが」




程無くして、今しがた退室した執事が再び戻って来た。
国王は執事と目配せを交わすと、気遣うように穏やかな笑みを茉莉に向けた。




「安心なさい。ロベルトが城を出て行ったからと言って、君をどうこうするつもりは一切無い。茉莉さんはこれまで通り、ロベルトの婚約者として此処に居ていい。……私と一緒に、あの子の帰りを待っていてくれるかな」

「……はい」




こくんと、頷くだけが精一杯の茉莉に、国王は切な気に微笑んだ。
そうして昨日同様、長丁場になるだろう会議へと向かう為、国王は席を立つ。




「アルベルトから連絡が入り次第、直ぐに報せよう」

「……はい。ありがとうございます」




すると去り際、国王は「ああ」と付け加えるように茉莉を振り返る。




「勝手な真似をしてすまないが、君の友達を城に呼んでおいた。君はゆっくり休んでなさい」

「……え?」




パタン、と閉ざされたダイニングの扉を見詰めながら、茉莉は首を傾げた。
「友達とは、一体誰の事だろう」、そう内心に茉莉が疑問を抱いた時。
一旦は閉じられた扉が、再びかちゃりと開かれた。
……―――と、次の瞬間。




『茉莉!茉莉!茉莉〜!』

「フ……フーちゃん?!」




バササッと羽音を響かせて、扉の間からダイニングへと飛び込んで来たのは、九官鳥のフランソワ。
フランソワことフーちゃんは、天井をぐるぐると旋回した後で、茉莉の肩にちょこんと止まった。
そして、次いで姿を見せたのはシンシアだった。




「……茉莉」

「シンシア……」




シンシアは茉莉の顔を見詰め、「はぁ」と溜め息を吐き、優しく微笑む。




「散々、泣き腫らした顔しちゃって……。いい女が台無しじゃない。ロベルトの愚痴会場は、ここで合ってたかしら?」

「……っ、シンシア……!」




心許す友人の顔を前にして、茉莉は塞き止めていた物を解放したように泣き声を上げた。
嗚咽を漏らして泣く茉莉の頭上を、フーちゃんも心配気な様子で飛び回る。




「ニュースを見たら居ても立ってもいられなくて……。国王様にもお声を掛けて頂いて、下で待ってたの。ここまで執事に案内されたけど……アルじゃなかったって事は、やっぱり今朝のあれはロベルトとアルで間違いないようね」




シンシアの言う今朝のあれとは、朝一番に報道されたロベルトの映像だった。
裏門から車で城外へと出て行くロベルトを映したもので、運転席にはアルベルトの姿も映っていた。




「一連のニュースは一通り見たわ……。今、ロベルトが居ない理由もさっきの執事から聞いて知ってる」

「シンシア…っ…私……ロベルトが……」

「泣かないの。何も今生の別れじゃあるまいし……今、茉莉が泣きじゃくった所で何も変わらないでしょ?」

「何も変わらないなら……泣きたいよ」

「駄目よ。ちゃんと顔を上げなさい。……ほら、茉莉はプリンセスになるんでしょう?」




シンシアのその言葉に、茉莉はグッと嗚咽を飲み込んだ。
そんな茉莉の様子に、シンシアは優しく苦笑して見せる。




「やれば出来るじゃない。茉莉はもう……ロベルトのプリンセスなんだから。……ね?」




今の状況を全て知った上で、それでも自分を「プリンセス」だと言ってくれるシンシアは、同じようにロベルトを「王子」だと言ってくれている。
想ってくれている。
彼女の言葉に、つい涙は溢れてしまいそうになったが、茉莉は意地で塞き止めた。




「……っ、そうだよね。私が泣いてる場合じゃないよね……しっかりしなきゃ」




下唇を噛んで涙を堪える茉莉の姿に、シンシアは柔らかく目を細める。
そして、彼女は早速と本題に入った。




「さてと……それで?あのバカは何でまたいきなり城を出て行った訳?」




一国の王子を馬鹿呼ばわり出来るのも、彼女くらいな者だろう。
茉莉は置き手紙を含め、昨夜ロベルト本人から聞いた彼の想いまで、事の経緯を全て話した。
話を聞き終えたシンシアは、腕を組んで難しい顔をしている。






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