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それを聞いたのは、微睡みの中だった。








「……ん……」




早朝の白い陽射しに、次第に明るみ始める室内。
重く閉じた瞼越しに見る朝の光は眩しく、ロベルトは眉を寄せると寝返りを打った。




「んー…、あと5分……」




心地好い微睡みの中、寝惚けた頭は気も早く二度寝の言い訳を口にしていた。
アラームが鳴るにはまだ程早い。
ふかふかの布団、
肌触りの良いシーツ、
何処にどう沈んでも柔らかく受け止めてくれる枕。
そして、何よりも今しがた見たばかりのふわふわとした―――……温かな夢。




「茉莉……」




ふわふわとして、温かな。
愛しい人との幸せな夢の続きは途切れてしまうには名残惜しく、ロベルトは寝言を合図に再び眠りの深淵へと落ちて行った。

落ちる間際、
微睡みの中で聞いたのは、慌ただしく廊下を行き交う複数の足音。
だが、それも直ぐに掠れ行く意識と共に、遠く夢の彼方へと消え去ってしまった。




「茉莉……だぁいすき……」







心地好く温かな。
今はまだ、幸せな夢の中―――……。
















Beautiful―――.5

――――――Roberto Button















「どういう事だ……一体誰が情報をリークしたんだ!」




新聞をバサッとベッドに投げ付けて、国王はテレビ画面を見遣った。
テレビでは新聞と同じく、ロベルトの名と共に「嬰児交換」という言葉が連なってテロップで踊り続けている。
既に正門前に報道陣が押し掛けているのか、中には城の外観を生中継でスタジオに繋いでいる番組もあった。




「何故、鑑定結果まで公表されている?根も葉も無い話だと乗り切るにも、これでは……」




アルベルトが国王の寝室の扉をノックしてから、室内は息苦しいまでに切迫していた。
起き抜けに目にした事態は想定外で、国王は最初でこそ怒りを露にしたものの、深刻な現状に今はただ頭を抱え込んだ。




「どういった意図があって新聞各社や報道機関にロベルト様の事をリークしたかは不明ですが、この情報を漏洩出来得る人物は限られています」

「ベラルーシか……」

「それと、もう一人。聖アルタリア病院のフランク理事長です」

「フランクだと……?」

「はい。国王様には御報告が遅れてしまいましたが、先日フランク理事に直接確認を取って参りました。ベラルーシ長官の依頼を受けて、ロベルト様のDNA鑑定を施したのはフランク理事だそうです」

「……成る程。ベラルーシが鑑定書を持っていたなら、その鑑定書を発行した機関があるのは当然だ。それが聖アルタリア病院ならば可笑しくはない。あそこは代々、王家と密に関わりのある病院だからな……」

「はい。それから、御報告がもう一つございます」

「……何だ?」




テレビでは絶えずロベルトの名が連呼され、騒然としたスタジオ内の光景が延々と映し出されていた。
キャスターやゲスト解説者の耳障りな騒ぎ声が、室内に引っ切り無しに響いては消えて行く。
それもまた延々と繰り返されていた。

そんな最中、アルベルトは国王に一通の封書を手渡した。
それは先日、国王とロベルトの父子関係について、フランクに改めて再鑑定を依頼した結果について記された物だ。




「ベラルーシ長官がお持ちになられた鑑定書の真偽を確かめる為、勝手ながら国王様とロベルト様の父子関係の再鑑定をお願いして参りました。……こちらは、その結果になります」




アルベルトが聖アルタリア病院を訪ねた後日、フランクから鑑定の結果が出たとの連絡を受けた。
再び病院を訪ねたアルベルトがフランクから聞かされたのは、「ロベルトと国王との間に父子関係は見られない」という、やはり変わらぬ事実だった。




「申し訳ございません。現状を覆す結果を得るには至りませんでした。しかし……」

「見なくても結果はわかっている。あの子は……私の子ではないのだろう?」

「国王様……」




アルベルトが先を続けようとするのを、国王が静かな口調で遮った。
再鑑定の結果など端から見えていたかのように、アルベルトの予想に反して国王は落ち着いていた。




「これに全て書いてある。……私には、そんな物よりも十分な真実だったよ」

「これは……?」

「先代国王が私に宛てた直々の手紙だ。お前も見なさい……許可しよう」




ベッドの縁に腰を下ろした国王は、両膝に肘を着き、思案するように組んだ手を額に押し当てた。
アルベルトは国王から受け取った手紙をかさりと開く。
そして、実に7枚にも及ぶ全てに目を通した。




「そんな、まさか……」




手紙を読み終えた直後、アルベルトは驚きから暫く声を失っていたようだった。
だが、それでも彼の瞳に宿る光は澱みを知らない。
胸に確固として在る信念が、今のアルベルトを支えている。
アルベルトは視線を真っ直ぐに、国王の胸中に対して問い掛けた。




「……事実を知った上で、国王様はロベルト様の事を、どう御想いになられているのですか?そして、実在するかもわからない……本当の国王様の実子だという、ロベルト様についても」




答えは早かった。
アルベルトの質問に、国王は間髪入れずに答える。




「何がだ?あの子は私の子だ。真実が何であろうと、あの子が私の子で王位継承者である事には変わりはない。例え本当の我が子が現れたとしても……あの子が王子として生きてきた26年の歳月は真実だ。違うか?」




それは、一人の父として、
一国の王として、
偽り無く語られる本心からの言葉だ。




「……ごもっともです」

「アル、お前はどうなんだ」

「私も国王様と同じです。何処ぞの誰が何と言おうとも、ロベルト様こそロベルト様です。今までも、そして当然これからも、私の主人がロベルト様である事に一切変わりはありません」

「……それを聞いて安心した」




国王とアルベルトの視線が宙で一つに重なり、点を作る。
二人、胸に抱く想いは形こそ違えど強さは同じなのだろう。
愛しく想う、
誇りに想う、
掛け替えの無い、たった一人の―――……。




「支度をする。アル、お前は今すぐ城内に戒厳令を出せ。その後でフランク理事に確認を取るんだ。ベラルーシには私から連絡を入れよう」

「かしこまりました。この件について、ロベルト様には……」

「……私から伝える。それまで、あの子の耳には何としてでも情報を入れるな。頼んだぞ」

「承知しました」




国王はガウンを翻して立ち上がると、羽織っていたそれをソファに放り投げ、直ぐ様身支度を整えに別室へと向かって行った。
アルベルトは国王の部屋を後にすると同時、長く続く廊下を急ぐ。




「ベラルーシか、フランクか……。はたまた、二人で共謀でも図ったのか?しかし、そうだとしても意図が分からない……」




今回の一件は実に厄介だ。
そして、この騒動を巻き起こしたであろう人物に対する疑念はあるものの、未だ根拠の臆測すら立てられない現状がアルベルトは苛立たしい。
何より、肝心の「真のロベルト」。
その存在が宙に浮いたままで、実在するかもわからない。




「いずれにせよ、近い内に必ず大元に辿り着いてみせる。……ロベルト様の為にも、必ず」




城内を慌ただしく行くアルベルトの足音。
それはいつしか彼だけの足音だけではなく、城中の使用人達によるそれに変わっていった。
報道陣への対策や、各機関からの電話対応にと終われる使用人達の忙しない足音を、この時の茉莉は眠りの中でぼんやりと聞いていた。




「……ん……」




窓辺で囀ずる可愛らしい鳥の鳴き声。
二羽いるのだろうか、
一方がピチチ…と鳴いては、もう一方が透かさずチュンチュンと応対している。
朝を告げる眩しい陽射しと鳥達の囀り。
そして、何やら慌ただしい廊下とに、茉莉はうっすらと目を開いた。




「……何だろう?表が騒がしいような……」




寝惚け眼をこしりと擦りながら、ベッドから起き上がる。
すると、騒がしいのは廊下だけではない事に気付いた。




「……外?」




閉め切ったカーテンの向こう。
ヘリコプターだろうか、バラバラと上空を旋回するプロペラ機の羽音が聞こえる。
更には人々が何やら騒ぎ立てている声も後に続いて聞こえてくる。




「何?何かあったのかな……」




窓辺に歩み寄り、茉莉がカーテンを開こうとした時だった。
部屋の扉がノックされ、次いでロベルトの声が聞こえてきた。




「茉莉?起きてる?」

「ロベルト……」




かちゃりと扉を開くと、廊下にはロベルトが立っていた。
彼は普段と変わらぬにこりとした笑顔を浮かべてはいるものの、心無しか少し元気が無いようにも思える。




「ごめんね。こんな朝早くに……起こしちゃった?」

「ううん。私も今起きた所だったから……。ねぇ、ロベルト。それより……」

「うん。俺もその話をしに来たんだ。中、入ってもいい?」

「あ……待ってて。今直ぐに着替えちゃうから」

「手伝おっか?」

「もうっ、結構です!」




そう悪戯を言って、茶目っ気たっぷりに笑顔を見せる。
だが、やはりロベルトの表情は何処か暗い。
茉莉は胸騒ぎを感じながら急いで着替えを済ませると、改めてドアを開いてロベルトを室内に招き入れた。




「実はさ、一体何が起きてるのか俺もわからないんだ」

「え?ロベルトも?」

「うん。……茉莉、テレビ付けてみて?」

「テレビ?」




ロベルトと二人、ベッドの縁に並んで腰掛ける茉莉は、彼に言われるがままリモコンをテレビに向けた。
だが、電源ボタンを何度連打しようとも画面は暗いまま、何も表示されない。
不思議に思って首を傾げる茉莉に、ロベルトは微笑を返した。
彼には原因に心当たりがあるようだ。




「やっぱり点かないか」

「やっぱりって……もしかして、ロベルトの部屋も?」

「うん。起きたら点かなくなってた。このパターンって結構やばいやつなんだよね」

「どういう事?」




含んだ物の言い方をするロベルトに、茉莉は再び首を捻る。
ロベルトは微笑みながら、ゆっくりと口を開いた。






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