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頬を撫でる風は柔らかく、髪を優しく梳かして過ぎて行く。
擦り抜ける秋風の悪戯に、スカートはふわりと空気を取り込んで翻った。
シャルル城からアルタリアの街へと再び戻って来た茉莉とロベルトを、風は出迎えるようにゆったりと二人の間を吹き抜けて行く。




「ね、ロベルト」

「んー?」

「今日1日を通して改めて思った事があるんだけどね……」




煌めく一番星を合図に、街に降り始める紫色の夜。
紅く染まる空の向こう端では、小さな三日月が輪郭を美しく尖らせている。
茉莉は暮れ行く空を眺めながら、今日一日の内に感じた温かな想いを、そっとロベルトに打ち明けた。




「私ね、ロベルトが王子様で良かったなぁって……そう思ったんだ」

「ええ?何々、どうしたの突然」




世界の端に辛うじて残る青空と、夕焼けの紅。
落ち掛かる夕陽に、街を寄り添い歩く二人の影は、何処までも長くシルエットを伸ばす。




「もし、王子様じゃないロベルトに出会っていたとしても、私はきっと……ううん、絶対に今と変わらずにロベルトを好きになったと思う。でも……」




陽が落ち、夜と入れ替わる際に見せる空のグラデーションは美しく、徐々に頭上に拡がりを見せるのは点々とした星の瞬き。




「でも、やっぱりロベルトが王子様で良かった。今日街で出会った皆も、きっと私と同じように思ってると思う」




一番星は眩しくて、二番星も眩しくて。
三番星も、四番星も、
寧ろ、上からでは数え切れない、下の方から数えた方のが早い星屑達ですらも眩しくて、綺麗で。




「人の痛みがわかって、人の温かさがわかって……。小さな事にも、大きな事にも平等に力を貸してくれる。何が一番大切なのかをロベルトはちゃんとわかってくれている……。そんなロベルトだからこそ、王子様で良かったなって思うの」




……―――綺麗で。
それは、満天の夜空だけでは無く、この街の夜景に対しても同じように尊く思う、想い。




「茉莉……」

「ロベルトが皆に笑顔を与えてくれるから、だから今日みたいに皆の笑顔がロベルトに集まるんだよ」




街に一つ一つ灯り始める家々の明かり。
この街に、この国に、
当たり前のように灯されていく温かな家庭の明かりの、その一つ一つの灯火を支えている人がいる。
……―――目の前に。




「王子様として皆を皆、救う事は難しいのかもしれない……けれど、ロベルトならこの国の人達、皆に笑顔を届けてあげられるんじゃないかなって、そう思ったんだよ」

「……そっか。俺も王子として、ちゃんと誰かを笑顔に出来てるのかな」

「勿論!」




茉莉はロベルトに満面の笑みを返すと、歩幅を早めて彼の正面に回り込んだ。
ロベルトの行く先を通せん坊して、にこりと微笑む茉莉の笑顔の矛先は、いつだって一人。




「ロベルトから沢山の笑顔を貰ってる誰かなら、ここにも一人いるでしょう?」




茉莉の微笑みを受けて、ロベルトは少しの間を空けた後、同じように笑みを返した。
恐らく、ロベルトが笑顔を切り返すまでに溜めた少しの間には、彼なりに何か感じ入るものがあったのだろう。
胸に込み上げてくる温かな想いに、ロベルトは瞳を細めた。




「……それを言うなら、俺だって茉莉から沢山の笑顔を貰ってるよ。今だってフニャフニャしてない?」

「フニャフニャ?」

「そ。茉莉が傍にいるだけで、俺の顔なんてフニャフニャしてるか、デレデレしてるかのどっちかだから。俺としては、こう……もっと、男らしくバシッと決めてたいんだけどね」

「ふふっ!」

「なーんてのは、さておき……」




弧を描く三日月に、煌めく星に。
明かりの灯る家に、灯る明かりの元に集まる笑顔に。
そこに溢れているだろう街の人達の笑い声とを想うと、胸は誓いを抱いていつだって震える。
目の前に居る、愛しい人を一番にして。




「前にも言ったかもしれないけど……これ」




ロベルトの指先が茉莉の首元にスッと伸びる。
それは、ロベルトが茉莉にと贈ったネックレスだ。
そう、ロベルトが亡き王妃から託されたそれは、今では茉莉の首元で美しく光っている。
ロベルトは茉莉の鎖骨から垂れるネックレスのトップ部分を指で掬うと、それをくるりと裏返した。
そこにはアルタリア王家の紋章が刻まれている。




「これは、俺が俺である証だから。王家に生まれて、王子として生まれて生きる俺の……俺が俺である証」




王家の紋章を見詰めながら、そう口にしたロベルトの言葉は節々から語尾に至るまで柔らかい。
けれど、彼の瞳からは強く揺るぎない信念が見て取れた。




「茉莉が言ったみたいに、これから先……この国の皆が笑顔でいられるような、そんな豊かな国にしていけたらと思う。漠然とした言い方かもしれないけど……」

「……うん」

「王子である俺にしか出来ない何かがあるとするなら、その力を全部この国の人達の為に捧げたいんだ」

「うん……」




……―――例えば、
世界の片隅で「悲しい」と泣く人が、この星の数程居たとしても。




「でも、俺が一人の男として一番に笑顔にしてあげたいなって思うのは、いつだって茉莉だから」

「ロベルト……」

「茉莉をいっぱい笑わせて、茉莉にいっぱい笑わされたりして、最後には二人一緒になってお腹抱えて笑い合うような、そんな二人でいれたら、きっと皆をもっと笑顔に出来ると思うんだ」

「……うん、そうだね」




きっと彼なら世界の片隅だろうと駆け寄って、涙する人々に手を差し伸べるのだろう。
「此処は世界の端じゃない。真ん中だよ」と、そう怖いと言って怯える手も、寒いと言って飢えに汚れた手でも、きっと彼なら臆する事なく掴んで相手を離さないに違いないだろう。




「これから先、例えどんな壁が現れたとしても、茉莉と一緒なら何だって乗り越えて行ける。壁なんて二人で乗り越えて、へっちゃらだったねって笑い合える気がするんだ。そういうのって何か無敵じゃない?」

「……うん、無敵かも」

「でしょ?茉莉と一緒なら俺、すっごい無敵になれるんだよ。ロベルト、パワーアップってね。知ってた?」

「ふふっ!パワーアップ?」

「そう。いつだって茉莉の為なら無限のパワーを発揮出来るっていう、俺の得意中の得意な十八番で……」

「う〜ん。ロベルトがいつパワーアップしてるのかどうかは分からないけど……」




そんな彼だからこそ、使命を持つ星の元に生まれたのだと思うから。
悲しいと涙に暮れる人にも笑顔を与えられる、そんな無敵の魔法を使える彼だから、ロベルトだから―――……。




「ロベルトが世界で一番無敵だって事なら、もうずっと前から知ってるよ」




ロベルトと二人一緒なら、例えどんな壁が訪れようとも乗り越えて行ける。
どんな試練も、どんな困難だろうとも、二人一緒ならば何も怖くない。

ゆっくりと降りてくる温かな唇に、茉莉はそっと閉じた瞼の裏側で、そう強く想いを抱いた。





「馬鹿な……。ロベルト様が国王様の実子ではないと……?」









二人なら乗り越えて行ける。
何があっても大丈夫だと、

……――――そう信じていた。















Beautiful―――.3

――――――Roberto Button















「馬鹿な、そんな筈が……。ロベルト様が国王様の実子ではないと……?」




この時、国王の肩を抱くアルベルトの肩にも支えが必要だったのだろうか。
否、アルベルトはまだ何処かで冷静だった。




「間違いありません。私は事実を申し上げたまでです。ロベルト様は国王様と王妃様の実子ではない。それ所か、バトン家とは一切の所縁も無い、全く別の父母からお生まれになられた一般人にございます」




突如として突き付けられた事実に、まるで狐に抓まれたような気分だ。
だが、余りに突拍子も無い話だと、事実を前にしても尚アルベルトは冷静だった。




「……ロベルト様がですか?そんな筈はありません。ロベルト様は確かに国王様と王妃様の間にお生まれになられたバトン家の嫡子です。ベラルーシ様。失礼ですが、そちらの鑑定書にある結果は本当に国王様とロベルト様のDNAを元にした鑑定結果なのでしょうか?」




それもそうだろう。
事実を事実と納得する前に、先ずは鑑定書自体が確固とした出所かを疑う方のが先だ。
この状況でもアルベルトが冷静でいられるのは、彼にとってはバトン家に仕えてきた今までの歳月が、ロベルトが国王夫妻の実子である事を何よりも一番に物語っている「真実」だからだ。




「ベラルーシ様程の方を疑いたくはありませんが、この件に関しては残念ながら疑わざるを得ません。現段階では、こちらの鑑定書は精巧に作られた虚偽の物だと判断致しますが、それでも?」

「そう思いたい気持ちは分かります。特に貴方はロベルト様が幼少の頃より教育係として御側に仕えてきた身。信じたくないという気持ちは貴方だけに限らず、恐らくアルタリア王国全国民が同じく思うでしょうな」




アルベルトの睨みにも屈せず、ベラルーシは国王を見据えたまま、臆する素振りすら見せない。
一歩間違えれば謀反の罪で牢獄行きとなっても可笑しくはない発言をしているのだ。
並々ならぬ決意の元で、彼は「事実」を訴えているのだろう。
ベラルーシとアルベルトの会話に、理性の糸を辛うじて保つ国王が、そもそもの発端となった真意をここで問い質した。




「ベラルーシよ……、お前がそれ程までにロベルトが私の子で無いと断言するには、何か確固たる理由があるのか?無ければ、わざわざこんな鑑定書を依頼するまでの行為には至るまい。何故、お前はロベルトが私の子ではないと……そう思ったのだ」




ギィ、
国王が革椅子を軋ませる。
国王とアルベルトの二人から凄味のある険しい眼差しを向けられながらも、ベラルーシは一切怯まない。
怒声の響き渡る一室は一転、恐ろしさすら覚える静寂に包まれた。






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