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一人一人に声を返そうとするロベルトだが、人々から矢継ぎ早に掛けられる感謝の言葉に返事も間に合わない。
ロベルトが言葉を言い終わる前には、語尾に被せるように次々に皆がお礼を口にしていくからだ。
その内容は様々で、中には迷子の子供を一緒になって探してくれた事や、腰の曲がった老婆の荷物を代わりに持ってあげた事など、日頃のロベルトの行いがどんなものかを感じさせる礼も含まれていた。




(王家を通して縁を持った人達以外にも、ロベルト個人として縁を持つ人達もこんなに沢山いるって事は、それだけロベルトがお城を脱け出してきたって事だよね。でも……)




城を脱け出し、街を気儘にぶらぶらする。
そんなロベルトの姿をアルベルトが見たなら、きっと頭ごなしに説教する事だろう。
でも、出会した街の人達との間に、これだけ沢山の縁を作ってしまうロベルトを茉莉は温かく想えた。

困った人がいたなら手を差し伸べ、迷う人がいたなら共に悩み、助けを求める人の声には真っ直ぐに耳を傾ける。
きっとロベルトならばそうするだろう。
そして、そうしてきたからこその今のこの光景なのだ。




「ロベルト様、茉莉様〜!婚約祝いだ、二人で持ってってくんな!」

「……うわ?!こんなに頂いてしまっていいんですか?」

「あっはっは!ロベルト様がパンに埋もれちまってるよ!」

「お〜い、誰か手を貸してやれ!ロベルト様がパンに押し潰されちまう!」

「あははは!」




王子としても、
一人の個人としても、
そんな―――……。




「折角だからこのまま持って帰りたいけど、流石に無理だよね。また城まで届けて貰わないとな〜」

「ふふ!そうだね」




そんなロベルトだからこそ愛しいのだと。
街の人達から挙がる笑い声に、ロベルトを囲む沢山の笑顔とを彼の隣で見詰めながら、茉莉は再び胸を優しい想いで温めたのだった。











……―――そして、
場所は変わって、此処はシャルル王国が中枢、シャルル城。




「さて、ここで皆さんに問題です。このシュークリームに使われているクリームのベースは何でしょう?」

「え?」

「……は?」

「突然だね」




茉莉とロベルトは市街地を後にすると、その足でシャルル城へと向かった。
城に着くなりルイスに案内されたバラ園には、既にお馴染みの面々が集まっている。
昨日の6か国会議の終わりに、エドワードからお茶の誘いを受けた彼等は、2日連続して顔を合わせる事に口々に渋った反応を見せたらしい。
だが、何て事はない。
茉莉も誘ったというエドワードの鶴の一声で、全員が顔を揃えるという今に至っている。




「このクリームのベース?何を使ってるのかを当てればいいの?」

「何だ、いきなり……クイズか?」

「ええ。皆さん、どうぞ召し上がってみてください」




茶会が始まって数分。
エドワードが突然出した「お題」に、王子達は一様に首を捻った。
茉莉にロベルト、そして王子達はそれぞれにシュークリームをぱくりと食べると、エドワードの問いの答えを探った。
けれども、これが中々難しい。
舌でじっくりと味わってみるも正解がわからない。




「色から推測するとオレンジみたいだけどな」

「ああ。だがレモンやオレンジのような柑橘類特有な酸味は無いぞ?」

「うーん……フルーツじゃないんじゃない?もしかして野菜とか?」

「……人参じゃないのは確かなようだけど」

「何でしょうね。柔らかくて仄かなオレンジ色で……。味も控え目で優しい甘さですよね。こんな味のシュークリームは私も初めてです。でも、何処かで食べた事があるような……?」




キースにジョシュア、ロベルトにウィル。
そして、茉莉も彼等と同様に首を「?」と斜めに傾げた。
ワインのテイスティングや料理に使われるソース等の見極めならばお手の物な彼等も、初めて味わう未知のクリームには流石にお手上げのようだ。
シュークリームを口にした全員が答えをあれこれと模索する中、グレンがハッと何かに気付く。




「もしかして、これって……柿ですか?」

「カキ?」

「……あ。言われてみれば、そうかも……?」




グレンの言葉に茉莉も答えを一致させたのか、コクンと縦に頷く。
他の王子達は「カキ」というワードに耳馴染みが無いのか、いまいちピンと来ていないらしい。
エドワードはニコッと微笑むと、居合わせるルイスに目配せをした。
エドワードの合図に、ルイスが一つのバスケットをスッとテーブルの上に差し出す。
バスケットに入っているのは、艶やかな皮のオレンジ色が目に優しい、柿だ。




「やっぱり柿でしたか」

「ええ。グレン王子ならば真っ先に気付いてくださると思いました。茉莉さんもお分かりいただけたように、今皆さんに召し上がっていただいているのは、オリエンスでは一般的に馴染みのある柿という果物を使ったシュークリームです」

「"カキ"?オリエンスでカキって言うと、牡蠣の事じゃなかったか?」

「シュークリームに牡蠣だと?斬新にも程があるだろう」

「オリエンスでは牡蠣をカキと言いますが、シャルルでもオリエンスと同じく柿という名で市場に並んでます。デザートだけでなく、サラダや料理のアクセントにも用いれられたりと、国民の間ではかなり浸透しつつあるのですよ」

「へえ、そうなんだ。それより、これが柿を使ったシュークリームだって事はわかったけど、このシュークリームがどうかしたの?」




ロベルトの素朴な疑問に、茉莉も王子達もエドワードに視線を送る。
全員の注目を浴びたエドワードは、再びにこりとした笑みを見せた。




「いえ。これも我々が推進する経済外交の内の一つと言えるのではないかと思ったまでです。こうしてオリエンスの食材が我がシャルルで親しまれているのも、輸出入の一端ではないかと思いまして」

「あ、な〜るほど。そこに繋がる話だった訳ね」

「ええ。各国の輸出入についての問題は幾つか昨日話し合いましたが、身近にある物から改めて6か国の輸出入問題について考えてみるのも良い機会なのではと思ったんです」

「成る程な。だが、エドワード王子の言いたい事はわかるが、6か国間の輸出入問題をこんな海の物か山の物かわからない物から学べと言うのか?」

「ですからジョシュア王子、柿は牡蠣とは違いますから」




エドワードの発言にジョシュアとグレンとが立て続けに口を開く中、居合わせる茉莉は「?」と小首を傾げた。
何やら、雰囲気から察するに彼等が難しい話をしようとしているのだけはわかる。




「ねえ、ロベルト。エドワード様のお話って、もしかして昨日の6か国会議の議論を続けているの?この場に私が立ち合っていてもいいのかな……」

「ん?大丈夫だよ。要は、お互いに持ちつ持たれつ、これからも宜しくやっていこうっていう話だから」

「いや、それ全然違うだろ?」

「ああ。全く以て全然違うな」

「また随分ザックリと纏めましたね。昨日、あれだけ会議で議論した張本人のくせに」

「まぁまぁ、皆さん。ロベルト王子が仰有る事も間違いでは無いですから……」




昨日の今日とあってか、茶会の話題は6か国会議での議論を絡めたもののようだ。
ロベルトの楽観的な意見に、直ぐ様やいのやいのと口を挟む王子達を見ていると、会話の内容とは対照的に深刻さはそれ程感じられない。
最初でこそ自分は場違いなのではと思った茉莉だったが、これには居合わせても平気ではと思えてくる。
ふとその時、ウィルがぽつりと呟いた。




「……不思議だよね」

「え?」




流れを静観していたウィルが、ぽつりと落とした呟き。
彼の隣の席に腰掛ける茉莉だけが、その小さな呟きを片耳に拾った。
ウィルの漏らした独り言の意味が分からず、茉莉は率直に聞き返してみる。




「ウィル様?不思議って……あの、何がですか?」

「いや……実は昨日の会議で途中意見が割れて、かなりバトルになったんだよね」

「へえ、バトルに……。え?!バトル……?!」

「そう、バトル。特に6か国間の輸出入問題については意見が分かれて、皆ヒートアップして収拾が着かなくなる事態にまでいったんだけど……」

「昨日の会議って、そんなに大荒れだったんですか……。でも、今日の皆さんを見ている限り、そんな風には全然……。いつもと変わりがないように見えますけど」

「ね?だから、不思議だよね」




ふっと微笑むウィルの視線を追えば、そこには相変わらず脱線を繰り返しながらも、やいのやいのと騒々しい王子達の姿がある。
何て事はない、いつもの彼等の調子のそれだ。






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