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両手一杯に手にする、大量の野菜に果物。
女性二人が持ち帰るにはぎりぎりな程、沢山と袋詰めされたそれらを受け取った茉莉は、改めて青果店の店主夫婦に頭を下げた。




「こんなに沢山いただいてしまって、すみません。ロベルトと一緒に有り難くいただきますね」

「こちらこそ!まさか未来のプリンセスにお越しいただけるだなんて夢にも思ってなかったんで光栄ですよ!なぁ、母ちゃん?!」

「ええ、ええ、本当に!是非とも今度はロベルト様とご一緒においでなさってください!」

「はい。ありがとうございます」




満面の笑顔で見送る店主夫婦に今一度礼をすると、茉莉とシンシアは青果店を後に、通りを歩いた。
二人が歩く度に紙袋やビニール袋はガサガサと揺れ、賑やかに音を立てる。




「まさか、1パックの苺を買いに店に寄っただけで、こんな事になるなんてね。ロベルトもそうだけど、茉莉もすっかり人気者だわ」

「そんな事ないよ。私なんてロベルトに比べたら、まだまだ全然……。それよりごめんね、シンシア。重いでしょ?今タクシー拾うから……わっと!」

「ちょっと大丈夫?折角のお店の人の好意を地面に落っことさないでよ?それに、苺を落としたら作れなくなるでしょ。ケーキだっけ?」




両手一杯に抱えた果物や野菜に、まだバランスが保てないのか茉莉がよろめく。
釘を刺して笑うシンシアが言うように、茉莉が手にする紙袋には苺のパックが入っていた。
今日、二人が青果店に立ち寄った本来の目的だ。




「そうだね。ケーキを作るのに苺を台無しにする訳にはいかないもんね。気を付けるよ」

「やぁね、嬉しそうな顔しちゃって。茉莉の作るケーキを独り占め出来る何処かの誰かさんが羨ましいったらありゃしない」

「ふふっ!ちゃんとシンシアの分もあるってば。ロベルトと一緒に食べていってよ。今日は仕事休みなんでしょ?」

「やーよ。私が茉莉の作ったケーキなんて食べてごらんなさい。あいつの事だから、どうせ"全部俺のだからお前は食べるな!"とか言って、ぎゃあぎゃあ煩いに決まってるんだし」

「う〜ん。確かに言いそうかも……?」




くすくすと笑い声を上げて、茉莉とシンシアは大通りでタクシーを拾った。
向かう先はアルタリア城。
これから城に戻り、今しがた青果店で購入した苺を使ってケーキを作る予定だ。




「それで?あいつは何時に帰って来るって?」

「予定では夕方にはお城に戻るって言ってたけど、どうだろう?6か国会議は時間が押す事が多いってアルベルトさんは言ってたけど……」

「へ〜え。ロベルトもたまにはちゃんと王子様してるのね」

「ふふ!もう、シンシアったら。ロベルトはちゃんと王子様だよ?」

「はいはい。わかってるわよ、茉莉プリンセス」




タクシーの車窓から眺める、アルタリア城。
過ぎ行く街並みの遠く向こうでは、アルタリア城が今日も雄大にこの国に在る。
ロベルトと婚約した今、茉莉にとって帰るべき場所は、もう街の片隅にあるアパートではない。
愛しい人の居る、あのアルタリア城なのだ。




(雑誌で見た通りに上手く出来るかはわからないけど、ロベルトの為に頑張って作ろう。最近公務が続いてたし、疲れてるからか甘い物が食べたいって言ってたもんね。喜んでくれるといいんだけど……)




腕に抱える紙袋をかさりと音立て、茉莉は袋の中を覗き込んだ。
苺のパックの向こうにロベルトの笑顔を想像したなら、改めてやる気が湧いてくる。
二人を乗せたタクシーがアルタリア城に到着したのは、それから数分後。
茉莉は車を降りるなり、事前に使用許可を得ていた厨房へと真っ先に向かうのだった。

そうして、
その日の夕方―――……。




「シ〜ン〜シ〜ア〜……何でお前がいるんだよ?!」

「あら、別にいたっていいじゃない。私はロベルトに会いに来たんじゃなくて、茉莉に会いに来てるのよ。あんたにとやかく言われる筋合いは無いわ」

「ま……まぁまぁ、二人共」




6か国会議を終えて帰城したロベルトに、茉莉が「お帰りなさい」と出迎えた、その数秒後。
ロベルトとシンシアがダイニングで顔を合わせた途端にこれだ。
早速開始された二人の口論は毎度お馴染みのお決まりのパターンで、間に立って宥める茉莉も、流石に慣れてきたのか手際が良い。




「スケジュールが急に空いたとかで、シンシアがわざわざ遊びに来てくれたの。私もずっとシンシアに会えてなかったから、今日は久し振りに会えて凄く嬉しかったんだけど……」

「う……。まぁ、茉莉がそう言うなら俺は別に……」




シンシアに対して食って掛かるロベルトに、今までの茉莉なら「駄目じゃない」と強めに諫めた事だろう。
だが、二人の口論を残念がる素振りを大いに態度に表した上で仲裁を口にした方が、ロベルトの引きが倍に速くなる事を茉莉は覚えた。
要はロベルトが茉莉のしょんぼり顔に、それだけ弱いという事だ。




「茉莉様、お見事です。ロベルト様のコントロールが大分お上手になられましたね」

「アルベルトさん。ロベルトをコントロールって、そんなつもりは私は……」

「いいえ、もう一息です。その調子で茉莉様がロベルト様を食い止める術を持っていただけると、私としても大いに助かりますので」

「はあ……」




ダイニングに居合わせるアルベルトが、ティーカップをセッティングしながらこっそりと茉莉に話し掛ける。
アルベルトからロベルトのセーブ役を任されている茉莉としては、彼の言葉の意図が容易に想像がついてしまい、思わず苦笑してしまった。




「ねえ、ロベルト。今日はシンシアも一緒に買い出しに付き合ってくれたんだよ」

「買い出し?買い出しって何の?」

「ちょっと待っててね。今持ってくるから」




そう言って、「?」と小首を傾げるロベルトに笑顔を返し、茉莉は一旦ダイニングを後にすると厨房へ向かった。
厨房の冷蔵庫からケーキを取り出した茉莉が、再びロベルトの待つダイニングへと戻ろうとした、その時。
廊下の角でばったりと国王に出会した。




「国王様!」

「やぁ、茉莉さん。ロベルトはもう戻っているかね?」

「はい。さっき会議から帰ってきて、今はダイニングに……。あの、すみません。私ったら手が塞がっているのを理由に国王様に対して失礼を……」

「ああ。礼なら気にしないで構わないよ。その手ではどのみち無理だろう。君がお辞儀をしたら、一緒にケーキも落ち兼ねないからね」




にっこりと穏やかに微笑む国王は、茉莉の心中を直ぐに察してくれたようだ。
茉莉の手に乗る、大きなトレイ。
そして、更にその上に乗る大きなホールケーキ。
これでは国王を前にしても、流石に最敬礼は無理だ。
頭だけでぺこりと礼をする茉莉に、国王は寛大な笑顔を向けてくれる。
その眼差しは優しく、目元にはロベルトのような温かさが滲んでいる。




「すまないね。城に居るのに中々顔を合わせる事も出来なくて。なるべく食事くらいは一緒に摂りたいと思っているんだが、私も最近忙しかったものでね」

「そんな……私の方こそ、いつもご挨拶も出来ずにすみません」

「それについても構わないよ。挨拶も出来ないのは私も同じだ。いずれにせよ私への遠慮は必要無い。君がここでの生活を大事にしてくれる事の方が私は嬉しいからね」

「……はい。ありがとうございます」




以前、ロベルトは自分で母親似だと言っていた。
それについてはアルベルトからも、国王からも聞いていたし、茉莉自身も王妃の姿を写真で見た時に、ロベルトに王妃の面影を感じた程、確かに母親似だと思った。
だが、ロベルトは父である国王にも似ていると改めて思う。
国王の瞳はいつだってロベルトのように優しく、深い慈悲を感じさせる。
何より、その人柄の温かさこそがロベルトに一番に通じている。

穏やかに微笑む国王に、茉莉が胸をじんわりと温めていたなら、ふと国王の視線が手元に降りてきた。




「それより、そのケーキは茉莉さんが作ったのかな?」

「あ、はい。ロベルトが甘い物が食べたいって言ってたので、厨房をお借りして作ってみたんです。皆で食べれるようにと思って、張り切って大きなサイズのケーキにしてみたんですけど、ちょっと大き過ぎたかなって……」

「はは。料理は大きく作った方が何でも美味しいというものだよ。ケーキも然り。今度は私にも是非何か作ってくれると嬉しいね。ロベルトに横取りされないように、こっそりといただかないとな」

「ふふっ。はい、是非!……あ、宜しければ国王様もお召し上がりになりますか?」

「おや、いいのかな?」

「私も国王様に食べていただけるなら嬉しいですから。ロベルトもダイニングにいますし、ご一緒にどうですか?」

「それなら、お言葉に甘えようかな。あの子にも暫く会ってないからね。ご馳走になろう」

「はい!」




こうして、国王と共にダイニングに向かった茉莉は、久し振りとなる賑やかな一時を楽しんだ。
ロベルトにシンシアにアルベルト。
そして、不在が続いていた国王と全員が久し振りに揃った場は明るくて、良い意味で騒々しくて。
一つのホールケーキを皆で取り分ける。
そんな細やかな事にじいんと温かさを感じて、茉莉は幸せな想いに胸を一杯にさせたのだった。

だが、
そんな楽しい一時を過ごしたにも関わらず、不貞腐れたままの人物がここに一人。




「茉莉の作ったものはさ?全部俺が食べたいって思うじゃん?」

「う…、うん」

「しかもケーキだよ?ケーキって茉莉に"あ〜ん"てして貰ったり、俺が"あ〜ん"てしてあげたりするのが正しい食べ方な訳じゃない?それをさー……」

「……ロベルトにとってのケーキの正しい食べ方って、それなんだ?」

「何で俺が父さんに"あ〜ん"ってされたり、シンシアに先越されて食べられたり……はぁ〜。茉莉の作ったケーキなら俺が全部一人で食べたかったのに……」

「ま、まぁまぁ……ね?今日のケーキはロベルトに食べて貰いたかったっていうのが勿論一番にあるけど、どうせなら皆で食べた方がいいかなって思ったから。アルベルトさんとかシンシアとか、いつもお世話になってるそのお礼にってのもあったし……」




ぶうと尖ったままのロベルトの唇が戻らない。
部屋に入るなり、ベッドに横向きに倒れたロベルトは全身から悲愴感を表していて、ずっとこの調子だ。
こうなるだろう事を予測していなかった訳では無いが、予測を越えたロベルトの激しい落ち込み様には、茉莉もどうしたものかと苦笑してしまう。
それだけ、自分の作ったケーキを独占したかったのだろう彼に、愛しさは自然と募った。






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