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彼は何処に向かったのか、
何処でどう過ごすつもりでいるのか。
何一つとして手懸かりの無い状況は、ただ心配でしか無い。
それでも、茉莉は組んだ手と手をぎゅっと握り、強い決意を新たにした。
彼が自分と向き合った果てに必ず得るだろう、掛け替えの無い何かがあると信じて。




(神様、どうかロベルトを守って……)




だからそれまで、愛しい人を誰も傷付けないで。
迷わせないで。
彼に平穏な日々を、安息な夜をと―――……。

自分が彼の傍に居れない間、神様でも何でも、誰でもいいから彼の全てを守ってあげて欲しい。
今の茉莉は、ただ天にすがる想いでそう祈る外無かった。














追っ手からの追随を振り切り、ここで車は漸く路肩に一時停車した。
どれだけ走った事だろう。
途中、カーチェイス紛いな走行を幾度となく繰り返して、二人を乗せた車はアルタリアのとある地方へと辿り着いた。




「はー、しつこかった。やっと撒いたか……」

「向こうも躍起なのですよ。何せ、今のロベルト様の動向は世界中全ての人々が興味のある所でしょうからね」

「まぁ、記者さん達も俺らも事故に遭わなくて取り敢えず良かったよ」




長時間の移動に疲労が溜まっているのか、ロベルトは車外に出ると「ん〜!」と背伸びをした。
続いて外に出たアルベルトは、目前に広がる馴染みのある光景に、改めてロベルトに問い掛ける。




「しかし、またどうしてこちらに?何か考えあっての事ですか?」

「ん?どうせ働くなら、ここがいいなって思ったから、ここに来たんだけど?」

「はぁ、成る程。働く為に……働く?ロベルト様がですか?!」

「何言ってんの。働かないで、どうやって生きてくんだよ?」

「それはそうですが……あ、ロベルト様!お待ちなさい!」




ロベルトの口から予想だにしなかった返答が返ってきた事に、アルベルトは驚きから目をぎょっと見開いた。
度肝を抜かれた様子の彼を尻目に、ロベルトはさっさと先へ向かって歩き出してしまう。




「本気なのですか?ロベルト様が就労など……。第一、何の職に就くと言うんです?当てはあるのですか?」

「あーもう、それを今から探すんだろ?それに、そのロベルト様ってのも止めろって。俺はもう王子じゃないんだから」

「そんな無茶な……」




先行きに盛大な不安を感じるが、取り敢えずロベルトを見失う訳にはいかない。
アルベルトは溜め息を落としながらも、一先ず街を行くロベルトの背後に付き従った。
すると、その時。
ロベルトの前方から歩いて来た男性が、どうやら彼の正体に気付いたようだ。
男性はロベルトを二度見した後に、彼に指を差して驚いたように大声を上げた。




「ロ……ロベルト様?!」

「……カルロ?!久し振りだね、元気にしてた?」




見知った間柄なのか、ロベルトは男性に向かってひらっと手を振ると笑顔を返した。
対する男性はと言えば、驚きから魚のように口をパクパクと開閉している。




「お久し振りです!すみません、突然の事に驚いてしまって……。あ、アルベルトさんもお久し振りです」

「ご無沙汰しております」




……―――そう、
ロベルトとアルベルトとが訪れたのは此処、アルタリアは水の都。
以前、ロベルトが茉莉と一緒に婚前旅行で訪れた地だ。
その時に出会ったカルロとは既にメル友の仲だが、どうやら今回のロベルトの訪問はカルロも知らなかったようだ。
彼は目を真ん丸に、先程から驚いたリアクションを見せている。




「あれから水の水位も安定しているって報告で聞いてはいたけど、何か問題は無い?」

「はい!ロベルト様にも堤防の建設に御尽力して頂きましたし、お陰で街の皆も大変喜んで……って、それよりまた、今日はどうなさったんですか?視察か何かで?」

「ああ、うん。それなんだけどさ……」




不思議そうに首を斜めに傾げるカルロに、ロベルトはにっこりと微笑んだ。




「働き口を探してるんだけど、何処か従業員を募集してる所とか知らない?」

「……は?」

「何だっていいんだ。職種は選ばないから」

「え?それは、ロベルト様が働き口を探してるって事で……?」

「そう。実は俺、今無職なんだよね〜」

「は……え?ロベルト様が働くって、え……」




「ええええ?!」と言う、カルロの当然なリアクションが街一帯に木霊する中、アルベルトは額に手をパンっと押し当てると深く項垂れた。
一国の「元王子」が就労する事に、アルベルトは前途多難を感じて、「はぁ…」と溜め息を落としたのだった。












「おい!ロベルト様がいらしてるらしいぞ!」

「何だって?それは本当か?!」

「こうしちゃいられねぇ!おい、皆!ロベルト様に改めて御礼しに行こうじゃないか!」




この地でロベルトは英雄だ。
以前、茉莉と共に街の窮地を救った彼の功績は、その後の婚約発表を機にアルタリア全土に知れ渡った。
水位問題に建設問題、併せてレース産業までをも救って見せたロベルトを、この地で暮らす人々は心から敬愛して支持している。




「ロベルト様、お久し振りです!その節は本当にありがとうございました!」

「聞いてください、ロベルト様!茉莉様がドレスを御召しになられてから、レース製品の受注が鰻登りでして……!」




英雄の突然の訪問は瞬く間に街の隅々にまで伝わり、広場にいたロベルトの元には沢山の人々が押し寄せた。
皆から口々に感謝を告げられるロベルトの姿は、やはり何処からどう見ても王子のそれだ。
気品と風格、放たれる一等級のオーラは、この大人数に囲まれながらにして抜きん出ている。




「皆さん、お久し振りです。お元気そうで何よりです。水位も安定し、街の経済も活性化していると聞いて安心しました。今後もこの街が豊かに発展していく事を願ってます」




人々に囲まれるロベルトを傍らから見詰めながら、アルベルトは内心で切なさを抱いた。
そして街の人々もまた、ロベルトを前に抱える切なさは同じだった。




「しかし、本当なのですか?ロベルト様が……王家をお出になられたと言うのは……」

「私達、この街の皆はロベルト様に沢山救われました。私達の中で、貴方こそが誰よりも真の王子だ。ロベルト様なら、この国をより良い方向へ導いて下さると……そう思っていたのですが……」




ロベルトに関する報道は、今や世界が知る所だ。
当然、この街でも人々の関心はそこだった。
人々が一様に無念な表情を浮かべる中、ロベルトは彼等を気遣うように微笑んで見せる。




「ありがとうございます。俺はもう王子ではないですが……王家がこの街への支援を継続していく事を御約束します。国王様なら必ずや皆さんのお声を無下にはなさらない筈ですから」

「ロベルト様……」

「……ロベルト様」




ロベルトの言葉に、広場はしんみりとした空気に包まれた。
やはり報道は正しかったのかと、皆が心を痛めていた、その時だった。
悲しみに沈んだ静寂を一瞬にして吹き飛ばすかのような悲鳴が、突如として広場後方から上がった。




「何だ、これは一体何の騒ぎだ?……ん?」

「ん?」

「ロ、ロロ、ロベ……!」

「……あ」

「う……うわあ?!ロベルト様?!」

「ドミニコ市長!」




悲鳴を上げたのは、ドミニコ市長。
そう、ロベルトとは建設問題で散々と対峙した、あのドミニコ市長だ。
肩も膝もガタガタと震わせて、今にも腰を抜かし兼ねないでいる市長に、ロベルトはにっこりと満面の笑顔を投げた。




「市長、ご無沙汰してます。ご無沙汰ついでに今日から俺、この街にお世話になりますので、よろしくお願いしまーす」

「は……はい?!」




ロベルトの宣言を受けたドミニコ市長も、広場に集まる人々も、これには見事に全員が素晴らしいリアクションを見せた。




「ロベルト様が此処で暮らすって……ええええ?!」




皆が清々しいまでの反応を見せる中で、アルベルトだけはただただ頭を悩ませたのだった。

……―――その日の夜。




「さぁさ、皆!沢山食べてくれ!今夜はロベルト様の歓迎会だ!」




広場の至る所に露店が出店し、街はちょっとしたお祭りムードになっていた。
それもこれも、ロベルトの居住発言によるものだ。




「ロベルト様も沢山召し上がってくださいね!料理も酒も、まだまだたっぷりありますんで!」

「ありがとうございます。いただきます」




目の前にドンッと並べられていく大皿料理に、ワインやビールの数々。
人々は代わる代わるロベルトに気軽に話し掛け、その度に皆、明るく温かい言葉を彼に掛けていった。
広場の中央は即席のダンス会場と化し、子供からお年寄りまで手と手を取り合って楽し気にステップを踏んでいる。




「いい雰囲気じゃないですか。街に活気があるのは、皆さんの笑顔から十分に解りますよ」




そう話すロベルトの対面では、ドミニコ市長が罰の悪そうな顔で頭を掻いている。




「お陰様で、街の経済は良くなる一方です。……恐らく、自動車工場で得る利益など及びもしないくらいには、産業は回復しておりますよ」

「あはは。それは良かった」




市長の自虐的な切り返しに容赦無く笑い声を上げるロベルトに、居合わせる人々もまた、つられて笑い声を上げた。




「聞いてくださいよ、ロベルト様。あれからドミニコ市長も役場に窓口を設置したり、定期的に我々との話し合いの場を設けてくれたりと、まるで人が変わったようで!」

「そうそう!つい先日までの悪代官っぷりが嘘のよう!」

「な……悪代官とは例えの悪い!わ、私はだね、別に……」

「はいはい。解ってますよ市長」




あはは!と人々から上がる笑い声は決して市長を責めるものではなく、何処か温かさすら感じられる。
辛辣なジョークの中にも以前とは違う柔らかな空気を感じられて、ロベルトは穏やかに微笑んだ。





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