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「……成る程ね。どうせ、そんな事だろうと思ったわ。ロベルトの悪い癖なのよ。あいつったら昔から本当……いつもそうなんだから」




溜め息と共に、「仕様が無いんだから」と戦友を一蹴した彼女は、次には茉莉を気遣って微笑む。




「どうせ、あいつの事だから直ぐに戻って来るわよ。それに、また迎えに来るって言ってるんでしょう?」

「うん……」

「茉莉と離れ離れでいるなんて、先ずあいつが一番に我慢出来る訳が無いんだから。……今は、きっと心の整理を付ける為にも、ロベルトにとって一人になる時間も必要なのよ」

「……うん」




シンシアが来てくれた事で、茉莉の動揺も幾分か落ち着いてきた。
彼女の励ましに耳を傾けている内に、自分の感情にも耳を傾けていたのだろう。
茉莉は膝の上に作っていた拳をきゅっと握り締めると、顎を上げてシンシアを真っ直ぐに見詰めた。




「ありがとう、シンシア。私……ロベルトが帰って来るのを信じて待ってる」




そう言い切った茉莉の瞳には、もう涙は無い。
真っ赤に腫れてはいるものの、強い意思を宿した瞳は澄んだ光を放っていた。




「そうそ、その意気。あいつがふらふらしてる分、茉莉が強くないとバランスが悪いじゃない?」

「そういう問題なの?」

「あったり前じゃない!二人してウジウジしてご覧なさいよ。見てるこっちは鬱陶しいったらありゃしないんだから!ロベルトだけだって十分鬱陶しいって言うのに」

「ふふっ」




漸く茉莉に笑顔が戻った事でフーちゃんも安心したのか、窓辺をちょんちょんと横飛びしながら、楽しそうにお喋りを始めた。




『茉莉、茉莉、ダイスキ!ダイスキ!』

「……ずっとシンシアがフーちゃんを預かってくれているんだね」

「フーちゃんは可愛いし、預かるのは全然構わないんだけどね。でも、あれどうにかならないの?私、家で毎日ロベルトの愛の台詞を聞かされてるんだけど?」

『茉莉、スキ、茉莉スキスキ、ダイスキ!』

「……ごめん」

「はいはい。解ってるわよ、ご馳走さま。本当、フーちゃんったら私が話す言葉は全然覚えないのに、ロベルトの言葉ばっかり覚えてるんだもの。茉莉大好きーって、そればっかり。ペットは飼い主に似るって本当なのね〜」

『茉莉、俺ガンバル!ガンバル!』




シンシアはやれやれと苦笑していたが、この時の茉莉はフーちゃんから沢山の励ましを貰えていたのだろう。
目には見えない、震えるような強さを沢山と。
フーちゃんが口にする言葉は全て、ロベルトが自身に言い聞かせていた言葉や、日々の合間に話し掛けていた言葉を覚えたものだ。
それはつまり、フーちゃんの言葉は彼の言葉でもあるのと同じで―――……。




『茉莉にアイタイ、アイタイ!俺ガンバル、ガンバル!』




まるで一人ではないような、
ロベルトが傍に居てくれるかのような、そんな気分にさせてくれた。




「うん。……頑張って、ロベルト」




ロベルトがアルタリア城を出て行った。
王子と言う立場を捨てて、一人の「ロベルト」として。
その事がアルタリア王国に、二人の間に、一体どんな未来をもたらすのか。
どれだけ考えようとも、今はまだ何も解らない。
ただ、一つだけ解る確かな事は、彼が「信じて待っていて欲しい」と言った、その言葉を信じる事だけ。




(私、待ってるから……。ロベルトが絶対にまた迎えに来てくれるって、信じて待ってる……)




だが、一人のロベルトとして城を出て行った王子が居るように、一人の「王子」として城を訪れようとしているロベルトもいる。




(今日の会議にはベラルーシ様と一緒に、あの人が来る……。本当に彼がロベルトのように、アルタリアの王子になるの……?)




シンシアとフーちゃんのお陰で、明るさを取り戻したダイニング。
茉莉は一息吐くと、横目に壁時計を見遣った。
今頃、会議は真っ只中だろう。




(国王様はロベルトを継承権一位のまま、王子として認める意向だってアルベルトさんは言っていたけど……)




茉莉は決意を新たに唇をきゅっと引き結ぶ。
今日の会議でロベルトにどんな審判が下されようとも、自分はしっかりしなければと、そんな想いで。




(ロベルトがバトン家の子供じゃないとなった今、それが本当に認められるのかは今日の会議の結果次第なんだよね……)




例えロベルトが身分を失くしたとしても、あの日、夕暮れの街中で告げたように、彼への想いは微塵も変わらない。
だが、これまでのロベルトを思うと、茉莉は王子としての彼を願わずにはいられなかった。
こうしている今も一分一秒と時を刻む壁時計を見詰めながら、茉莉は祈るように手を組んだ。

……―――すると、その時。




「……電話?」




茉莉のスカートの中で、着信を告げて震える携帯電話。
茉莉とシンシアはハッと顔を見合わせた。




「もしかしたらアルじゃないの?茉莉、早く出て!」

「う、うん……!」




仄かな期待を胸に、茉莉が急いで携帯の画面を確認したなら、画面に映し出されていた発信者は意外な人物だった。




「……ノンちゃん?」













その頃、
会議室では今正に今回の件について、議員達からベラルーシが追及を受けていた。
最初でこそ、何故マスコミや新聞各社に情報を流出したのかという点について言及されていたのだが、論点は最早そこでは無かった。
ベラルーシが「彼」を連れ立って来た事で、会議室は騒然となっていた。




「おお……まさか、本当に実在したとは……」

「ベラルーシ官房長官、彼が本当にロベルト様だと……?」




会議の途中、ベラルーシが一人の青年を室内に招き入れた。
青年が姿を見せた途端、議員達は挙って息を飲み、驚愕した。
青年の立ち居振舞いは実にロベルトを思わせるそれと同じで、王妃の面影を残した顔立ちには全員が青年を「ロベルト」だと認識した程だ。




「左様。この御方こそ真のロベルト様……。その証拠に前国王様の直筆の文を証拠品として提出させて頂きます」

「念の為に筆跡鑑定を掛けるが……正しくこれは前国王様の筆跡に間違いないようだ」

「……刻印も正真正銘、国王様だけがお持ちになる王国印ですぞ」




議員達のどよめきで空気がざわつき出した頃、ベラルーシは国王を見遣った。




「国王様。ロベルト様のお姿が見えないようですが、ロベルト様はどちらにいらっしゃるのでしょう?報道を見る限り、何やらこの騒動の最中に何処かへお出掛けになられたようですが?」

「……ロベルトならば、今朝方城を去った。暫くは戻るまい」




ざわ―――と、
国王の返答に、議員達からは一層大きなどよめきが起こる。
それは身分を捨てて出て行ったという事か、はたまた一時的に身を隠しているのか等、国王に向かって矢継ぎ早に質問は飛び交った。
ロベルトが城を去ったという事実に、継承権問題でロベルトを指示する一派は青褪め、反対に「ロベルト」を指示する一派は期待を確信したようだ。




「国王様、このままでは国民の動揺を煽るだけです。王子不在とあっては、問題は益々四方まで飛び火して行きます。先ずは、こちらのロベルト様をアルタリア王国の王子として、国王様のお口から公表して頂きたい」




国王の目を真っ直ぐに見詰めて、ベラルーシが深々と頭を垂れる。
その他の議員達も、これには賛成のようだ。
皆一様に縦に頷いて見せた。




「彼を私の息子とは認めるつもりだ。だが、第一位の王子として王位を継承するかは、また別の話だ。……君は王位継承の条件を知っているかね?」




国王は「ロベルト」を真っ直ぐに見詰めると核心に触れた。
彼の返答次第で、一国の継承問題は大きく揺れる事になる。
国王の眼差しを受けて、ここで今日初めて「ロベルト」は口を開いた。




「"26歳までに婚姻をしている事。もしくは、特例として婚姻を前提とした婚約者がいる事"……。王位継承の条件は勿論知ってるよ」




「ロベルト」に一気に集まる、全議員達の視線。
彼は室内の注目を一身に浴びている状況に微塵も臆せず、然も余裕気にはっきりと返答した。




「その条件なら……俺は満たしてる」




……―――そう言って、
「ロベルト」は満面に微笑んだ。














ノーブルからの電話を切った茉莉を、シンシアが不安気に見詰める。




「ノーブル様、何だって?」




心配する彼女を安心させようと、茉莉は控え目に笑みを作ると電話の内容をそっくり伝えた。




「大変じゃないかって……何かあったら力になるから、いつでも言って欲しいって言ってくれたよ」

「そう。それは心強いわね」

「後、万が一ロベルトがミッシェル城を訪ねてくる場合があれば、必ず知らせるからって……。ロベルトがお城を出て行ったニュースを見て、心配してくれたみたいで……」

「そっか。……でも、ロベルトは何があってもミッシェル城へは行かないんじゃないかな」

「うん……私もそう思う」




茉莉とシンシアは互いに肩を小さく落とした。
そう、身分を捨てて城を去ったロベルトは、例え何があったとしてもノーブル公を頼る事は無いだろう。
恐らく、各国の王子達にも。




「あいつ……本当に何処に行ったのかしら」




ロベルトの部屋に置き去りにされていた携帯電話。
プライベート用、公務用とも揃ってベッドに置かれていた。
アルベルトにも何度か電話を掛けたが、未だ一向に繋がらないままでいる。







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