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議員達との話し合いを終えた国王は、疲労からか真っ直ぐに自室へと戻った。
部屋に着くなり点けたテレビは、チャンネルを何処にどう切り替えても同じニュースで持ち切りだ。
今や世間は「ロベルト」に対する話題で一杯だった。
画面の向こうでは、キャスターや解説者が好き好きに見解を述べている。




「アル、すまないが何か飲み物を……」

「紅茶をお持ちして参りました」

「……流石だな」




そう言って、憔悴仕切った笑みを見せる国王に、アルベルトは心配気に眉を寄せた。




「ロベルト様の事について、会議ではどのように……?」

「……ああ。見事に三つに割れた」

「三つとは?」

「このままロベルトを王位継承権一位として認めるという意見の者に、"彼"を一位にすべきだとする者。他には弟のエンツォを次期国王にするべきだと主張する者で一向に話が付かなかった」

「……そうですか」




カップに注がれた紅茶を口にし、国王が重たい息を吐き出す。
傍らに立つアルベルトもまた、国王の重圧を感じ取ってか険しく表情を歪ませた。




「議員達も今はまだ戸惑いが大きい。決断を迷う者も多かった。先ずはベラルーシを抜きに話し合いを進めてみたが……仮に、あの場にベラルーシが彼を連れて来ていたなら、議員達は彼を推したかもしれんな」




国王とアルベルトとが言葉を交わす最中、テレビ画面からは「ロベルト」についての街頭インタビューの模様が映し出されていた。
それは、ロベルトが王子では無かった事実に対する人々の衝撃と悲しみの様子を伝えるもので、同時に「ロベルト」への同情と期待を寄せる内容でもあった。




「一報から一日が経とうとしている今、既に世間では彼を推進する声が挙がり始めているようです」

「……だろうな。議員達の多くもその考えだ。代々、アルタリアでは王家の嫡子が王位を継ぐ。その第一子が彼ならば、本来ならば彼を継承権一位であると認めるべきなのだろう。だが……」




画面は切り替わり、次いで映し出されたのは世論の意見。
ネットでの統計を元に円グラフに纏められたそれは、圧倒的に「ロベルト」を支持するものだった。
世界は常に「悲劇」よりも、「悲劇から生まれる感動」を期待するものだ。
今の人々は正にそれを「ロベルト」に当て嵌めているようにも思える。




「……私は、このままロベルトを継承権一位として推すつもりだ」




国王ははっきりとそう断言すると、テレビの電源を落とした。




「明日、再び会議をする。今度はベラルーシも召集している。恐らく、彼も連れて来る事だろう」

「……国王様は今後、彼を如何なさるおつもりなのですか?」




アルベルトの問いに、国王は息を一度、短く吐き出した。




「彼を実の子だと認め、王子として正式に王家に迎え入れるつもりだ」

「ロベルト様と一緒に彼が生活すると?」

「……そうなる。ロベルトもあの子も私の家族であり、アルタリアの王子である以上、離れて暮らす理由は何も無いだろう」

「しかし……」




問いに対する答えとして、国王に返された言葉は尤もだった。
だが、アルベルトは不穏な空気を感じてならない。
茉莉との会話中に自然と導き出された臆測の上を行く臆測が、今後現実のものとなるような気がしてならなかった。




「今夜はもう休むとしよう。アル、お前も今日は早々に休むといい」

「……では、私はこれで失礼します」




一礼の後、静かに扉を閉めたアルベルトは、廊下に出るなり溜め息を落とした。
明日の会議では、恐らく真っ先に「ロベルト」の婚姻の有無が問われるだろう。
彼が王位継承の条件をクリアしているとすれば、忽ちロベルトを上回る数で継承権一位の賛成を得るに違いない。
否、ロベルトが王家の血筋を引いていないとなった今、そもそもロベルトに継承の権利が与えられている事自体が可笑しい話なのだろう。
だが、それでも―――……。




「……ロベルト様こそ、次期国王となるに相応しい」




それでもと、アルベルトが胸中を思わず吐露した、その時だった。




「……ロベルト様?」




ふと、廊下を横切って行くロベルトの姿を見掛けた。
普段ならば脱走でも企てているのではと勘繰る所だが、この状況で流石にそれは無いだろう。
だが、妙な胸騒ぎを覚えてならない。
アルベルトは勘が働くままに、ロベルトの足取りを追い掛けた。













すう…、
安らかな寝息は静かに、ただただ静かに部屋に溶けていく。
ロベルトは泣き腫らした茉莉の瞼を一頻り眺めた後で、すやすやと眠る愛しいその寝顔に、そっと指先を伸ばした。




「……茉莉、好きだよ」




指先でなぞる、愛しい寝顔。
愛しい温もり、
愛しい人、そのもの。
ロベルトは茉莉の頬を指先で一撫ですると、彼女の額に柔らかなキスを落とした。




「好きだよ、茉莉。だから……さよなら」




泣き疲れて眠る大好きな人。
彼女に告げる別れは酷く一方的で、酷く自分本意だ。
だが、ロベルトは茉莉にキスを贈る。
額に、瞼に、
頬に、鼻先に、
溢れんばかりの別れのキスを。
まるで温もりを伝えるように、温もりを全て忘れないようにするかのそれで。




「いつか、また……迎えに来るから」




そうして、ロベルトは茉莉に背中を向けると彼女の部屋を後にした。
すると、ロベルトが廊下に出るや否や、アルベルトに正面から出会した。
待ち構えていたのか、アルベルトは険しい眼差しをロベルトに向けて来る。




「……今のは、どういう意味ですか?」

「何だ……アルに聞かれてたんだ。失敗したな」

「はぐらかさないで下さい!今、茉莉様に仰有っていた事はどういう意味なんです?!」

「……わ、バカ。しー!茉莉が起きるだろ?!」




凄まじい剣幕で捲し立ててくるアルベルトを、ロベルトは慌てたようにグイグイとその場から押し出した。
茉莉の部屋から程離れた場所まで移動して、そこで漸くロベルトが対話の態勢を取る。




「一体全体、何を善からぬ事をお考えなのです!説明なさい!」

「善からぬ事って……。何で話も聞いてない内から決め付ける訳?」

「どうせ善からぬ事でしょう!先程のロベルト様の口振りだと、まるで茉莉様を置いて王家を一人で去るような言い方……一体、何をお考えなのですか!」

「だから、それの何処が善からぬ事なんだよ?」

「まさか本当だとでも?……正気なのですか?!」

「正気じゃなきゃ、誰が茉莉を置いてくなんて最低な真似をするんだよ!」

「ロベルト様……」




ダンッ!と激しく壁に打ち付けられる、ロベルトの拳。
ロベルトの怒鳴り声に、アルベルトは口を噤んだ。




「正気だ……でなきゃ、茉莉を置いてなんて行かない」




壁に打ち付けられたままのロベルトの拳が、ぎりっと皮膚を軋ませている。
ロベルトの真剣な眼差しに、アルベルトは一度冷静になると、改めてその本心を問い質した。




「どうしてまた、そのような……。ご自身を責めていらっしゃるのですか?国王様ともお話なされたでしょう。ロベルト様は今後も、何も変わらずに今まで通りロベルト様として城に居ていいのです。それを……」

「それを俺が出来ると思うか?本当のロベルトが現れた今、俺はこの城に居るべきじゃないんだ」

「しかし、それでは茉莉様はどうされるのですか。茉莉様を一人置いて、一体何処に行くと言うんです」

「……まだ決めてない」

「また、そんな無鉄砲な……。頭を冷やしなさい。感情的になるのも解りますが、言ってる事が無茶苦茶です。感情に任せて茉莉様に一方的に別れを告げる等……ロベルト様が居なくなったと知った時の彼女を思えば、どうなるかはお分かりでしょう」




そう諭すように語り掛けるアルベルトだったが、そこまで言ってハッと目を見開いた。
ロベルトの表情が余りに険しく、真剣なそれだったからだ。




「ロベルトじゃない俺が城に居て、王子でもない俺が茉莉を幸せに出来るのか?どうやって?……"俺"は何も持っていないのに」

「ロベルト様……」




長年仕えてきたアルベルトですら、初めて目にするロベルトの表情。
苦しさも葛藤も、痛みも悲しみも、全ての感情が複雑に入り交じったような、そんなロベルトの瞳だ。




「俺は"俺"として何も……何一つも持っていない。それで、どうやって茉莉を幸せに出来るって言うんだ。明日からの毎日に何の保証も持てない俺が、どうやって茉莉を幸せに出来るんだよ……!」

「ロベルト様……」

「俺が城に居ても確執が起きる。このまま茉莉と結婚したって、茉莉を巻き込むだけだ。……だったら俺は城を出て行く」




そう言って、ロベルトはアルベルトに背中を向けると廊下を歩き出した。
ロベルトの歩みは車庫に繋がる勝手口へと真っ直ぐに向かっている。
どうやら城を出て行こうとする意思に迷いは無いようだ。




「……全く」




「はぁ」と、アルベルトは深く溜め息を吐き出した。
吐き出して、次に息を大きく吸い込んだアルベルトは、ロベルトの後を追い掛ける。




「アル……何だよ、引き止めようとしたって無駄だって言……!」

「引き止めませんよ。私も着いて行きます」

「……は?」

「私もロベルト様に着いて行くと言ってるんです。ロベルト様一人では、いつ野垂れ死にするか知れませんからね」

「アルこそ何言ってるんだよ?!この大変な時に、お前が居なかったら城が……それに父さんだって!」

「ご心配には及びません。私が居なくとも皆優秀ですから、城内は問題なく可動します。それに、国王様には他の執事に側近の方々がついてらっしゃいますから、私一人程度の穴埋めならば直ぐに埋まりますよ」

「だからって、何でアルまで……」




ロベルトの問い掛けに、アルベルトは一瞬、ふっと柔らかな笑みを見せた。
呆れたような、
それでいて困ったような、優しいような、温かな一瞬の微笑みを。







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