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中庭までは報道陣のカメラこそ及ばないが、城壁の向こうを思うと流石に落ち着かない。




「まだ会議は続いてるんだよね……。ロベルトの事についてなんだろうけど……長いな」




ローヒールをかつんと鳴らしながら歩く石畳。
かつん、こつんと響き渡る茉莉の歩みは、重たい心を反映しているかのように遅い。




「ロベルトは今、何を考えているのかな……」




……―――あれから、
城内は更なる慌ただしさを見せた。
一報を聞いた議員達が続々と謁見の間に集まり、国王を中心に急遽、今後についての話し合いが行われる事となった。
ただ、その中にベラルーシの姿は無く、アルベルトの話では、後日改めて「ロベルト」と共に議会に参加するという事らしい。
ベラルーシへの言及を後回しに、先ずは国王と議員達によって開かれた緊急会議は、午前中から始まり、夜になった今もまだ続いていた。




(あれから、ロベルトには一度も会えてないままなんだよね……)




かつん、こつんと、弱い足音を響かせていた茉莉の歩みが止まる。
脳裏に過るのはロベルトの事ばかりだ。
だが、彼を想えば想う程、胸はツキンと苦しさに軋んだ。
堪らず首を逸らして上空を見上げたなら、そこには無数の星屑達の煌めき。
今にも降り注いできそうに美しい、満天の夜空があった。




「……ロベルト……」




ぽつりと、
茉莉が呟きを落とした、その時だった。




「……呼んだ?」




ふと、茉莉の呼び掛けに応えるように、背後から誰かの声が聞こえた。




「え……?」




振り返ったなら、茉莉の目の前にはロベルトの姿。
ロベルトは茉莉と目が合うなり、にこっと微笑んだ。




「茉莉に呼ばれた気がして外に来てみたら、本当に茉莉がいたからビックリしたよ。……これって、以心伝心ってやつかな?」

「ロベルト……」




胸中に抱いていた当の本人が目の前に突然現れて、茉莉は驚きに目を見開いた。
やっとロベルトに会えたとホッと胸を撫で下ろしたのも一瞬で、茉莉は次には声を詰まらせてしまった。
事情を全て知った今、先ず何と声を掛けたらいいものか、その第一声が見付からない。




「ロベルト、あの……」

「はぁーあ。お腹空いちゃった!茉莉、何かご飯食べた?」

「……え?」

「ご・は・ん。茉莉も夕食まだでしょ?俺も何も食べてないんだよね〜。もう、お腹ペコペコ……」




ところが、茉莉の心配を他所にロベルトはと言えば普段と同じ調子で、彼はわざとらしいオーバーなジェスチャーで空腹を訴えた後に、茶目っ気たっぷりな笑顔を浮かべて見せた。




「ジャーン!見て見て。厨房からゲットしてきちゃった。一緒に食べよ?」

「……サンドイッチ?」




茉莉が思わず面喰らってしまう程、明るい口調と態度のロベルト。
彼はサンドイッチを手に噴水脇のベンチに腰掛けると、自身の隣をポンポンと叩いて茉莉を座るように促す。




「たまには外で食べるのもいいよね。茉莉も座って。こっちこっち」

「ロベルト……」




そう言って、ロベルトはにっこりと微笑んでいる。
最後に目にした彼を思えば、この明るさは恐らく空元気なのだろう。
無理して明るく振る舞って見せる彼に、茉莉の胸はズキンと苦しく締め付けられた。




「……うん。食べようかな、サンドイッチ」




茉莉はロベルトに笑顔を返すと、彼の隣に腰掛けた。
茉莉の笑顔を受けたロベルトが、安堵したようにホッと小さく肩を落としたのを、茉莉は横目に見逃さなかった。
彼のこの空元気の理由は、恐らく自分を笑顔にさせる為のものに違いない。
そう察した途端、胸は彼への愛しさに更に痛いと泣いた。




「いただきまーす」

「ふふっ、……いただきます」




ロベルトはいつだって自身の事等は後回しに、自分を一番に気遣ってくれる。
こんな状況の中でさえ変わらぬ優しさを見せる彼に、茉莉は泣きそうになるのを懸命に堪えた。




「……ん、美味しい」

「でしょ?こっちのシュリンプのサンドイッチも美味しいよ。はい、あ〜ん」

「もう、ロベルトったら……外なんだし、誰かに見られたら恥ずかしいよ」

「まぁまぁ、そう言わずに……はい、あ〜ん」

「あ、あ〜ん……」

「ね?美味しいでしょ?」

「うん……美味しい!」




……―――正直、
サンドイッチの味は良く解らなかった。
油断すると滲んでしまう視界は、手元のサンドイッチを涙でぼんやりと霞ませていた。
隣に座るロベルトに泣き顔を気付かれまいと、茉莉は必死に笑顔を作ってサンドイッチを頬張り続けた。




「は〜、お腹いっぱい!結構ボリュームあったよね」

「うん。凄く美味しかったよ。ありがとう、ロベルト」

「どういたしまして。なーんて、まるで俺が作ったみたいな言い方してるけど、実際は勝手に厨房から持ってきちゃったやつだからなぁ。後で謝りにいかないと」

「ふふっ!じゃあ私も一緒に謝りに行くね」




そうして、サンドイッチを完食した二人は、ベンチに座ったまま他愛の無い話を繰り返した。
書庫で見付けた不思議な本の話や、裏庭で発見した鳥の巣の話など、頭に思い付くままに話題をあちこちに飛び火させながら。
それは、ロベルトも茉莉も、肝心の話を切り出すまでの心の準備をしているかのように。


ザ―――……、
中庭に響く、噴水の水飛沫。
水を巡回させては水飛沫を跳ね上げる噴水を、二人はただ見詰めていた。
水飛沫の合間に夜風に乗って微かに耳に届く、騒がしい喧噪。
城壁の向こうからは今も尚、騒ぎを起こす人々の騒々しい声が聞こえてくる。




「……ね、ロベルト」

「うん……」




ここで漸く意を決したのか、茉莉はロベルトを上目に見遣った。
それだけでロベルトも茉莉が何を言わんとしているのかを察したようだった。




「父さんと話したよ。……全部聞いた」

「……そう」

「茉莉は?アルから聞いた?」

「うん……」

「……そっか」




切り出された本題。
だが、ロベルトは変わらずに微笑んでいる。
そんな彼の笑顔が苦しくて、茉莉は耐え切れずにきゅっとスカートの裾を握った。




「……正直、もし俺が王子じゃなければ良かったのにって思った事なら、今まで何度もあるんだ。皆と一緒に学校に行ったり、寄り道をしたり、好きな子と堂々とデートをしたり出来るのにって……。そんな普通の生活に憧れてた」

「……うん」

「でも、まさか実際にそんな日が来るなんて思わなかったよ」




ロベルトはくすりと苦笑すると、夜空を見上げた。
星の瞬きを、月の輝きを眺めるロベルトのその横顔は、何処か遠くを見詰めているようにも思える。




「父さんと母さんの実の子供じゃなかった事も、王子じゃ無くなるって事も……そんな話、一度に聞いたら頭だってゴチャゴチャになるよね」

「ロベルト……」

「プリンセスになる為に茉莉にも厳しい修業だって一杯頑張って貰ったのに、全部台無しになって……ごめん」

「そんな事……!」




茉莉は掴んでいたスカートの裾を離すと、そのままロベルトの手をきゅっと握った。
それまで泣かないようにと懸命に振る舞っていた茉莉だったが、正面から彼の顔を見詰めて、ここで初めて気付く。
涙を堪えていたのは、何も自分だけではない。
ロベルトもまた、同じように涙を堪えて微笑んでいたからで―――……。




「父さんは俺が息子である事には変わりはないって言ってくれたけど……本物のロベルトがいるなら、俺がこのまま"ロベルト"として王子で居る訳にはいかない。俺が今居るここは、本当なら彼が居るべき場所だったんだから」




ロベルトの目頭に滲む涙。
彼が一生懸命に泣かないようにと努める素振りは、茉莉の涙腺を先に決壊させた。




「そんな事……ないよ……っ」




「王子として生まれなければ」、確かにそう思った事なら幾度もあっただろう。
だが、これまで茉莉が目にしてきた彼は、王子としての信念と誇りを持って、常に人々の為にと行動してきた彼の姿だ。

人々に囲まれて、沢山の感謝を告げられていた彼を知っている。
街の人から両手一杯にパンを貰って、困ったように笑っていた彼を知っている。
王家の紋章を見詰めて、「これは俺が俺でいる証だから」と、そう言った彼を知っている。
知っているから―――……。




「だから……俺は王家を出て行こうと思う」







誰よりも、
何よりも、
彼は本当に「王子様」だったのに。




「ごめんね。茉莉を巻き込んじゃって……。俺はもう王子じゃなくなっちゃったから、今度は普通のロベルトとして茉莉に改めてプロポーズしないといけないよね」

「そんな事言わないで……私はロベルトが王子様だから一緒に居る訳じゃないんだよ?ロベルトが何者であっても、ロベルトが好きだから一緒に居たくて、だから……!」

「……うん」

「ロベルト自身を好きになったから、ロベルトを好きだから一緒に居たいの。だから、そんな風に謝らないで……」

「うん……ごめん」

「ロベルトは何も……謝らなくていいんだよ……」




気付けば涙で頬をぐしゃぐしゃに、茉莉はロベルトにしがみ付いて泣いていた。




「ごめんだなんて……言わないでいいんだよ、ロベルト……」




彼の心を想うと胸は痛くて、痛くて悲しくて。
今、どんな想いで彼は笑って見せているのか、そう考えただけでも胸は辛さに張り裂けてしまいそうだった。




「……ありがとう、茉莉」




頭上から落とされたロベルトの、その声は僅かに震えていたようだった。
小刻みに震えるロベルトの肩に、茉莉は今はただ、彼を強く抱き締める事しか出来なくて―――……。




夜空を彩る無数の星屑。
乳白色の月は、輝きを惜し気も無く地上に降り注ぐ。
月と星と、噴水と、
それだけが抱き合う二人のシルエットを優しく見守る、そんな中。
城壁の向こうから聞こえてくる喧騒は、一向に止む気配は無かった。







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