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「それ以上はお止めなさい。ロベルト様と茉莉様を侮辱する発言は私が許しません」




椅子に座る青年を対面から見下ろして、アルベルトは険しく言い放つ。
執事である姿勢を一切崩さないながらも怒りを露にするアルベルトに、青年は低い声で返した。





「許さないって?へぇ、君も随分な口の利き方をするね。……だから、俺がその"ロベルト様"なんだよ」




室内の張り詰めた空気がチリッと焦げ付く。
青年を中心に、感情を逆撫でする嫌なものが漂い出していた。




(そんな……こんな人が本当のロベルトだなんて……。確かに顔は王妃様に似ているけど、この人があの国王様と王妃様の実の子供なんて、到底信じられない……)




茉莉は内心に抱いた不信感ごと拳をぎゅっと握り締める。
アルベルトも同じ想いを感じているのか、青年の切り返しに表情を険しくさせたままだ。
すると、不意に扉ががちゃりと開かれる音が聞こえた。
国王だ。




「悪いが、今は君の話に耳を傾けるよりもロベルトとの時間が惜しい。ベラルーシ、済まないが私は一旦失礼する。……アル」

「はい」

「ロベルトの後を追う。後の事は頼んだぞ」

「かしこまりました」

「あの、国王様……!」




ロベルトを追い掛けようと廊下に出た国王の背中を、茉莉は咄嗟に呼び止めた。




「茉莉さん……。聞いていたのだろう?驚かせて済まなかったね。君とも後でゆっくり話をしないとな」

「いいんです、私の事よりも、ロベルトが……。まさか、何処かへ行ったりは……」

「ああ、流石に表があれでは外にも出れまい。城の中であの子の行きそうな所なら見当がつく……。ロベルトの事は私に任せてくれないか」

「はい……あの、国王様……」




そう口を開き掛けて、茉莉は声を詰まらせた。
複雑な胸中を言い表せずに不安を見せる茉莉を、国王は目尻を細めて見詰めた。
国王は茉莉の肩に手をポンと置き、柔らかく微笑む。




「大丈夫。……安心しなさい」




……―――「大丈夫」。
それは、ロベルトの口癖でもあった。




「……はい」




茉莉は国王にこくんと頷いて返すと、廊下を行くその大きな背中を見送った。
国王の持つ優しい眼差しは、やはりロベルトに通じた温かさが感じられる。
親子の問題ならば国王に任せるのが一番だと、茉莉が切ない想いで身を引いた時。
室内では、もう一人の「ロベルト」が肩を竦める大袈裟なジェスチャーを見せていた。




「つまーんなーいの。折角父さんに会えたって言うのに、もう居ないし……。また城内探検に行って来てもいいかなあ」

「ロベルト様。また空気も読まずに何という事を……。少しはロベルト様のお気持ちも考えなさい」

「あ〜もう、それがややこしいんだよ!あっちもロベルト、こっちもロベルトじゃ、どっちの事を言ってるんだか分からなくなるんだって……」

「しかしですな、ロベルト様……」




最初でこそ青年の奔放な振る舞いはロベルトに似通った面があると思った。
だが、今では印象は当初と全く異なっている。




「っ、失礼ですけど、貴方さっきから一体……」




我慢に耐え兼ねて、茉莉が青年の態度に釘を刺そうと身を乗り出したなら、視界を長身のシルエットが遮った。




「アルベルトさん……」

「失礼を承知で言わせて頂きますが……」




アルベルトは制するように茉莉の前にスッと立ちはだかると、青年を見下げてはっきりと告げた。




「仮に世間が貴方を今直ぐにロベルト様だと認めたとしても、正統な王族の血筋に間違いはないとしても、今はまだロベルト様がロベルト様です。いい加減、立場を弁えて口を慎みなさい」




アルベルトは険しい面持ちで青年を一喝し、次にベラルーシを見遣った。
青年とベラルーシとを交互に見詰め、アルベルトは凄みの利いた声で断言する。




「ロベルト様なら、例え今の貴方と同じ立場にあったとしても、先程のような人を人と労らない発言などは絶対に致しません」

「……何が言いたいの?」

「ベラルーシ様は確か彼はロベルト様と同等に値する教養があると仰有っておりましたが……」




ちらりと青年に視線を送る。
アルベルトはその一瞬で十分に彼を見定めたようだった。




「失礼。私から言わせていただければ、彼はロベルト様の足元にも及ばない」




二人に向かって清々とそう言い放ったアルベルトは、改めて執事のそれに口調のトーンを戻した。




「本日は早い時間からお呼び立てをして申し訳ございませんでした。後日、改めて国王様との謁見の時間を設けますので、本日はこれにてお引き取り願いたく思います」

「……っ、く」




アルベルトに威圧されたのか、青年はキッと睨み返すも口を噤んだまま、大した反論もせずに押し黙った。
ベラルーシも空気を読んでか、一頻り青年の気分を宥めた後で退散を促す。




「さぁ、ロベルト様。また近い内に改めて参りましょう。国王様とは直ぐにでもお会いになれますから……」

「……わかったよ」




ベラルーシは執務室を後にする去り際、茉莉に向かって深く一礼した。
どうやら、彼の中では茉莉はまだ王子の婚約者という立場にはあるようだ。
だが、青年は茉莉を視界にすら入れないまま、ふいっと不機嫌な様子で部屋を出て行く。
そして、廊下で見送るアルベルトに向かって最後に悪態を吐いて見せた。




「俺が王子として正式にこの城に帰って来たら、真っ先にあんたをクビにするよ」

「な…、ちょっと貴方ね……!」

「そうして頂いて大いに結構です。今の御時世、執事と言えども仕える主人は自分で選びますので」

「アルベルトさん……」




茉莉の隣でアルベルトがきっぱりと言い切る。
青年は再びキッとアルベルトを睨み付けたが、ベラルーシの再三の催促に大人しく城を立ち去って行った。




「車寄せまでお見送りしなくて良かったんでしょうか?」

「構わないでしょう。ベラルーシ様が見送りは不要と仰有るんです。ここは有り難くお言葉に甘えましょう。カメラが張り込んでいる中で見送りなどすれば、"彼"が目立ってしまいますから」

「……そうですね」




廊下はしんと静かで、窓からは昇り切った朝陽の真っ白な陽射しが差し込んでいる。
朝陽は光の斜線を幾筋も宙に描き、廊下に日溜まりを生み出していた。
だが穏やかな光景とは反対に、階下からは使用人達の慌ただしい足音が聞こえてくる。




「……アルベルトさん」

「はい。何でしょう?」

「ベラルーシ様が国王様にされていた話は本当なんですか?ロベルトが……」

「……そうなります。茉莉様にも詳しくご説明しないとなりませんね。今、この王家に起きている事態についての、全てを……」





王家に起きた事態。
一口にそうは言っても、この事態に誰しもが安息出来る終着点があるのだろうか。
今はただ、ロベルトの心の痛みを感じて胸を苦しくする事しか出来ない。




(……ロベルト……)




上空に差し掛かる度、ヘリコプターの羽音は朝の静寂を切り裂く。
茉莉とアルベルトは二人、揃って廊下の窓から正門を眺めた。
人垣は倍に脹れ上がり、けたたましく焚かれるカメラの閃光は、この距離からも見て取れる。




「……参りましょう、茉莉様。紅茶をお淹れします」

「はい……」







……―――この日、
後に王国の歴史上、最も大きな悲劇と語られるその幕が、悲しくも切って落とされたのだった。













「あー……苛々する。俺、寝るから〜」




「ロベルト」は屋敷に着くなり上着を脱ぎ捨てて、自室へと向かった。
ポイッと上着を、ポイッと財布を、歩く度にそこそこに物や衣服を散乱させるロベルトに、ベラルーシは大きく溜め息を吐いた。




「ロベルト様。何ですか、はしたない。お気持ちは分かりますが、それとこれとは別ですぞ」

「あー、あー、うん。わかってる」

「ロベルト様!これ、私の話を……」




ベラルーシの説教も途中に、彼は自室の扉をバタンと閉ざす。
一方的に会話を絶たれては仕方無い。
ベラルーシはやれやれと二度目の息を吐き出してリビングに戻った。




「……全く、いくつになっても子供で困る」




ベラルーシはソファに老体を預けると、リビングのテレビを点けた。
チャンネルの選局など不要だろう。
番組を選ばずとも、テレビは今朝入ったばかりの一報について持ち切りだ。
電源を点けると同時、案の定「偽物だったロベルト王子」というテロップが画面一杯に映し出される。




「あの執事は確かアルベルトと言ったな。執事の分際で、よくも……」




ソファの背凭れに身体を預けて、テレビを見詰めるベラルーシが口を開く。
切り出された彼の独り言は、てっきりアルベルトへの文句かのように始まったが、そうではない。




「よくも、本質を見抜いたものだ」




それは、アルベルトへの賛辞だった。
最後にアルベルトがロベルトに向かって告げた言葉を振り返り、ベラルーシは彼を誉め称える。
この26年、我が子同然に赤子の内から育て上げた「ロベルト」を、散々と切り捨てる発言をしたアルベルトに対して贈る賛辞。
それは、端から見れば実に矛盾していた。




「長年、ロベルト様に仕えてきただけの事はある。幾ら教養はあっても、内面があれではな……。まぁ、今となっては仕方あるまい」




矛盾していた。
「真実のロベルト」である筈のロベルトを語っているにも関わらず、ベラルーシの言葉は何処か彼を卑下するものを含んでいた。




「賤しい出の何処ぞの孤児だ。帝王学を身に付けさせた所で血は争えんと言う事だろう」




それは、どちらのロベルトを指してのものなのか―――……。




「だが、ここまで来たのだ。あれがロベルトであって貰わないと困る。積年を晴らす為にも……」




「ロベルト」か、それとも「ロベルト」か。




「所詮は捨て駒に過ぎん」








悲劇の幕は、
悲しくも切って落とされたのだった。

















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20141024





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