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ベラルーシの発した言葉を、茉莉は脳内で何度も反復させていた。
耳にした会話は衝撃となって、頭の中にガンとした鈍い痛みを繰り返し走らせた。
鈍痛だけではない、潜水した時のようなキィンとした耳鳴りにも襲われて、目の前は真っ白だ。




「そんな……嘘……」




青年を「ロベルト」と言っていた。
「真のロベルト」と、然も青年がロベルト本人であるかのような口振りで。
病院で掏り替えたとも、DNA鑑定がどうだとも言っていた。
青年こそが王位継承権第一位の王子であるとも。
だが、それではまるで―――……。




(まるで、ロベルトが国王様と王妃様の子供じゃないみたいな言い方……。そんな、何かの冗談だよね……?)




耳にした言葉を繋げるパズルは、残酷にも直ぐにピースを繋げ合わせた。
未だ上空をバラバラと旋回するプロペラ機が、嫌でも予測に真実味を持たせる。




(もしかして……表の騒ぎもこの事が原因だったりするの……?)




落とされたテレビに、届けられない新聞。
それらはロベルトを守る為に成された、優しくて悲しい目隠し。
城中の回線を遮断してまでアルベルトがロベルトに見せたくなかった理由は、もしかしたら、この「二人のロベルト」について報じられていたからなのではと茉莉は察した。




(ロベルトは本当は王子様じゃなかったって事……?そんな……こんなにもロベルトはアルタリアの事を想っているのに……)




どくん、と茉莉の心臓が苦しさに軋んで痛む。
彼が王子として、どれだけの信念と決意とを抱いているのかを、先日改めて聞いたばかりだ。
王妃との微笑ましい話も、各国の王子達との絆にも感銘を受けたのも最近で、それなのに―――……。




「俺が……父さんの子供じゃない?」




目を円く、ロベルトがぽつりと口を開く。




「ロベルト……」




夢か嘘であって欲しいと願う茉莉とは反対に、ベラルーシの発言が決して冗談ではないという事をロベルトは分かっていた。
国王が謁見の間を通さず、直接執務室まで招いて交わす話は内々のもので、それが何を意味するかをロベルトは十分に知っていた。
それは、王国に極めて重大な事が起こった時だけに限られて許されている事を、ロベルトは知っていたのだ。




「……俺、父さんと母さんの子供じゃないの?」




正門の前に垣根を作る人集り。
尋常ではない数のカメラと、上空を旋回するヘリコプター。
途絶えたテレビと新聞と、そうしてベラルーシの話とに、これで漸く合点がいった。
これは夢や嘘や、冗談などではない。
「現実」の話なのだと―――……。

動揺を露に瞬きすら止めたロベルトの問い掛けに、国王は一度大きく酸素を取り込んだ後でゆっくりと答えた。




「……ロベルト、私の傍に来なさい。お前に話があるんだ」

「今、俺の目の前に居るのがロベルトって事?……じゃあ、俺は何なの?」

「安心していい。お前も私の息子だ。これには事情がある。ちゃんと説明するから、先ずは……」

「掏り替えたって何?病院で?生まれた時に?其処にいる"ロベルト"と、俺を?」

「大丈夫だ、落ち着きなさい。ロベルト、私の話を……」

「一体、何の話を聞けって言うんだよ……!」




執務室に響き渡る、ロベルトの叫び声。
室内の静けさを切り裂いた彼の声は、空気だけではなく、その場に居合わせる茉莉やアルベルトの胸も痛いくらいに貫いた。




「父さんの口から一体何を聞かされるって言うんだよ……俺に、それを聞けって言うの?!」




ロベルトの悲痛な叫びを、国王は目を逸らさずに真正面から受け止めていた。
だが、茉莉は現状を把握するのがやっとで、把握した所で理解したくはない事実を前に、ただ痛む胸をぎゅっと手で押さえる事しか出来ない。
国王の傍らでは茉莉と同様に、アルベルトが苦し気に瞳を伏せている。




「……ロベルト、二人で話をしよう。悪いが皆、部屋から出て行ってくれ……」




国王は席を離れると、ロベルトの間合いの内まで詰め寄った。
動揺が激しいのか、ロベルトの視点が合っていない事を見て取った国王は、彼の後頭部をそっと引き寄せると、自身の胸へと埋めさせた。




「信じて欲しい……お前は父さんと母さんの子だ。私もルイーザも……お前を愛しているよ、ロベルト」




父の大きな胸に顔を埋めるロベルトの、その脳裏に走馬灯のように過り出す、愛しい記憶。




「お前が不安に感じる事は何も無い。不安にも、臆病にも、怯える事も何も無いんだ。……だから、安心していい」




四つん這いで歩いた、
掴まり立ちして歩いた、
初めて駆け出して向かった、
それら幼かった自分が両手を広げて向かう先には、いつだって両親がいた。
食べ溢したなら苦笑して、転んだなら直ぐに駆け寄ってくれる。
悪戯をすれば叱られて、嘘を吐けば本気で怒鳴られた。




「世界中の誰が何と言おうとも、お前は私達の息子だ」




似顔絵を描いたら両手を叩いて褒めてくれた。
寂しいと泣いてせがんだら、いつでも優しく抱き締めてくれた。
暗闇が怖いと怯えたら、眠りに就くまで絵本を読んでくれた。
肩車をしてくれた。
世界の広さも教えてくれた。
美味しいケーキを作ってくれた。
無茶をすると心配しながらも笑ってくれた。




「……父さん……母さ……」




優しい温もりで、いつでも包んでいてくれた。
自分は、
その両親の本当の子供ではないと言う―――……。













室内を包む、悲しい静寂。
一先ず国王とロベルトの二人だけにさせようと、アルベルトが目配せで茉莉に退室を促した時だった。




「……ロベルト?」




ロベルトは後頭部に添えられた国王の手を払うと、ふいっと顔を背けて踵を返す。
国王との話し合いに応じないまま、執務室を後にでもする気なのか、彼は扉に向かって歩き出した。




「ロベルト、何処へ……」




そう国王が背後から呼び止めるも、きゅっと唇を噛むだけでロベルトからの返事は無い。
扉の取っ手に手を掛け、部屋を出て行こうとするロベルトに、茉莉は咄嗟に手を伸ばしていた。




「……ロベルト」




だが、引き留めた所で掛ける言葉が見付からない。
ロベルトの上着の裾を摘まんだはいいが、それ以上何も口に出来ないでいる茉莉に、ロベルトはぽつりと返事をしてくれた。




「……ごめん。今は一人になりたいんだ」




俯く彼の表情は、長い前髪の向こうに隠れて見えなかった。
ただ、その低く小さな声が震えていた事だけは分かった。
茉莉は上着を摘まんでいた指先をそっと離すと、ロベルトから一歩後退った。




「……ありがと」




そう言って、ロベルトは茉莉と目も合わさないまま執務室を出て行く。
パタンと後ろ手に閉ざされた扉の向こうで、彼の気配が遠ざかって行くのを感じながら、茉莉はスカートをきゅっと掴んだ。




「ロベルト……」




傍に居てあげたい、
でも、足は一歩も踏み出せない。
掛ける言葉も見付からなければ、後を追い掛ける事も出来ず、成す術も無い茉莉はただ扉を見詰める事しか出来なかった。

……―――と、その時。




「だから言っただろ?ロベルトは二人も要らないんだって」




もう一人の「ロベルト」である青年が、ベラルーシに向かってそう放った。
状況に飽きているのか、ふありと一度欠伸をした青年は、近くの椅子に腰掛けると首をこきりと鳴らしている。




「……君」

「何?俺、間違ってる?だって本物のロベルトである俺がアルタリア城に居るんだよ。フェイクはもう必要無いじゃない」

「フェイクだなんて、そんな言い方……」




青年の言葉を不快に感じて、茉莉も思わず口を挟んでいた。
睨みを利かせる国王に対し、物怖じもせずにロベルトを「フェイク」と言い切った青年は、自身の発言が空気を張り詰めさせた事にも気付いていないようだ。




「今は何を言ったって仕方無いでしょ。遅かれ早かれ分かる事だったんだし、後は自分で乗り越えるしかないんだよ」

「ロベルト様、今はそのようなお話……国王様の御前ですぞ。茉莉様もいらっしゃるのです、後になさい」

「何で?父さんの前だから敢えて話してるんでしょ?それに、彼女に遠慮する必要も無いだろ。未来のプリンセスって言っても、相手があのロベルトなら、いずれ彼女は普通の主婦になる訳だし」

「な……」




ベラルーシが青年の発言を咎めるも、彼には全く悪びれる様子は無い。
青年の配慮の無い言葉に茉莉が拳をぎゅっと握り締めた時。
反論しようとする茉莉より早く、アルベルトの声が間に割って入った。







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