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青年は裏門で会った時と同様にロベルトを呼び捨てにしており、一国の王子を前にしても緊張する素振りは疎か、敬うそれも特別見受けられない。
もしや不審者ではないかとの懸念も一瞬過ったが、彼の身形の良さや、時折見せる振る舞いからは上流層である事が窺えて、二人は更に困惑してしまう。




「まさか本人に会えるとは思わなかったから嬉しいよ。君には絶対に会わせて貰えないと思っていたから、実は諦めてたんだよね」

「ねぇ、何かこの人俺に似てない?雰囲気とか話し方とか……もしかして、これってドッペルゲンガー?!」

「う〜ん、それはないと思うけど……」




握手する手を一向に離す気配の無い青年に、流石のロベルトも顔が引き攣ってきている。
傍らで様子を見守る茉莉も、そろそろ青年が何者なのかを問いたくなってきた。
すると、青年は誰かと待ち合わせているのか、時計を見て溜め息を吐いた。




「残念、そろそろ行かないと。あまりブラブラしていても後で怒られちゃうからね。でも、城の中を探険出来て楽しかったよ」

「探険って……まさか、本当に不審者とかじゃないよね?」

「ええ?まさか、そんな……」




茉莉とロベルトが互いに怪訝な表情を浮かべるも、青年はそんな事は気にも留めていない。
彼はロベルトの気などお構い無しに、再びオーバーな握手をした。




「君に会えて良かったよ、ロベルト。それから……」




そして、
青年は両手に掴んでいたロベルトの手をパッと離すと、にっこりと微笑んだ。




「さようなら、ロベルト」




彼の、その微笑みの奥に―――……。




「……え?」




一瞬、ちらりと垣間見えたような気がしたのは、冷酷なまでに暗い闇。
青年は一方的にロベルトにそう言い残すと、その場を去って行ってしまった。




「え、なになに?結局、誰だったかもわからないんだけど……。何だか変わった人ではあったよね?」

「……うん」




ロベルトは呆気に取られているようだが、茉莉は二の腕にぞくりと走る言い様の無い寒気に、肩をぶるっと震わせた。




(今の感じは何だろう……。あの人、目が笑ってなかった……)




茉莉の内心に沸々と起こる胸騒ぎ。
不穏な空気を察してどきどきと脈打つ心臓を、茉莉はきゅっと手で押さえた。




「取り敢えずベラルーシが来る前に父さんの執務室に急ごう。何かわかるかもしれない」

「う、うん……」




だが、今は青年に気を留めている場合では無い。
茉莉は頭を小さく振って胸の動揺を鎮めると、ロベルトと共に廊下の先を急いだ。

一方、その頃。
アルベルトは険しい面持ちで国王と向かい合っていた。




「……そうか、フランクではなかったか」

「はい。ただ、知らぬ存ぜぬで上手く交わしているだけかもしれませんが……。今回の報道については、フランク理事も今朝のニュースで初めて知ったと仰有っておりました」

「わかった。後はベラルーシに話を聞いてみるしかないな……。だが、それにしても遅いな」

「そうですね。護衛からベラルーシ様の車を通したとの内線連絡があってから、大分経ちますが……。迎えに行って参ります」

「ああ、すまないがそうしてくれ」




アルベルトは国王に一礼すると、ベラルーシを迎えに行く為、執務室を後にした。
パタンと閉じた扉の直ぐ傍には、何やらササッと動く不審な影が二つ。
茉莉とロベルトだ。




「間に合ったみたいだね。でも、執務室まで来たはいいけど、一体どうするの?」

「ベラルーシが部屋に入ったら、ドアの隙間からこっそり中の様子を探ろう。取り敢えず、今はここに隠れて……あ」

「え?」

「来た!茉莉隠れて!茉莉もニンジャになったつもりで気配を消すんだよ、OK?」

「ニンジャ?」

「そう、ニンジャ」




この緊迫した状況で忍者というワードが飛び出すのも、何だか彼らしいと言えば彼らしい。
茉莉とロベルトは廊下にある置き時計と柱との間に出来た僅かな隙間に、二人仲良くぎゅうぎゅう詰めになって身を隠した。




「すみませんな。少し遅れました」

「国王様なら既に執務室でお待ちです。どうぞ、こちらへ」




二人、物陰からひょこっと顔を出して廊下の様子を窺う。
すると、先を歩くアルベルトの背後に白髪の老人の姿が見えた。
ベラルーシだ。
そして、ベラルーシの傍らには、もう一人の姿が―――……。




「……え?」

「何で、あの人が……」




茉莉とロベルトが見詰める先で、ベラルーシの後を着いて歩くのは、何とあの青年だ。
アルベルトの案内に続いて、青年はベラルーシと共に執務室へと入って行く。




「今のって、さっきの彼だよね?」

「うん……。でも、何であの人が国王様の執務室に?」

「さぁ、さっぱり……。よし、覗いてみよ」

「ちょっと、ロベルト。本当に大丈夫なの?」

「大丈夫、ダイジョーブ。それに、そもそも俺に隠し事をしているアルや父さんがいけないんだし、バレたって平気だよ」




そう言って、ロベルトは腰を低く落としながら扉の前へと移動する。
彼は器用にも物音立てずに執務室の扉をそっと開けて見せた。




「しー、だよ?」

「うん……」




開いた扉、
僅か2センチの隙間からは、室内の様子を十分に窺い知る事が出来た。




「お待たせしまして申し訳ございません、国王様」

「構わん。こんな朝早くに呼び出したのは私だ。気にするな」




執務室に入るなり、ベラルーシが国王に深々と頭を下げる。
その国王の傍らにはアルベルトの姿。
今回も国王がアルベルトに同席の許可を出していた。
だが、アルベルト以外にもこの場に居合わせる人物がもう一人。
ベラルーシの背後には、20代半ばだろうか。
一人の青年が控えている。




「失礼。君は一体……?」




不審に思った国王が、そう言い掛けて声を詰まらせた。
アルベルトも同じだ。
ベラルーシの背後に佇む青年の容姿に、二人は直感で彼が何者であるのかを察した。




「まさか……君が……」




国王はガタッと椅子から立ち上がり、アルベルトは身を乗り出して両目を見開いた。
言葉を失くす二人に、ベラルーシは青年を見遣りながら、はっきりと断言する。




「左様。この方こそ間違う事無き国王様、貴方と王妃ルイーザ様との間に誕生された、バトン家の嫡子……本当のロベルト様でございます」




……―――扉の向こうで、




「……え……?」




ロベルトと茉莉の二人は、耳にした言葉を疑った。




「現在のロベルト様と、此方におります真のロベルト様とを聖アルタリア病院で掏り替えて以降、今日という日までの26年の間、此方におりますロベルト様は私の元でお育ちになられました」

「まさか、そんな……実在したとは……」

「継承権第一位の王子として身分に相応しい教養とマナーならば、現在のロベルト様と同等に値する程、十分に御持ちです。陽の下で身分を公に明かせるその日までと、私がロベルト様の教育係を務めて参りました」




癖のある柔らかな猫毛、
彫りの深さから鼻筋、二重の線に瞳の際。




「此方におりますロベルト様こそ、王家の正統な血筋を受け継がれたロベルト・バトン様。DNA鑑定の結果等、今更見ずともロベルト様を一目見れば、国王様ならお分かり頂けるかと……」




瞳の色に唇の厚みまで、青年の容姿は王妃の面影を映したようだ。




「確かにルイーザに似ているが……いや、ルイーザに似ていると言うよりは……」




青年は瓜二つとまではいかないが、実にロベルトと似た面立ちをしていた。
兄弟だと言われた方がしっくりとくる、そんな感じだろう。
存在自体を疑わしく思っていた「ロベルト」が現れた事に、国王とアルベルトは未だ声を失っていた。
ベラルーシは一歩横に身体をずらすと、背後に立つ青年に道を開けた。
そうして、国王の前に出るよう彼を促す。




「ロベルト様」

「……うん」




青年は国王の前まで歩み寄ると、感慨深気に瞳を細めた。
そうして、ゆっくりと口を開く。




「俺の事、母さんと一緒に嬉しそうに抱き上げてくれたっていう話を、ベラルーシから何度も聞かされたよ。悲しいけど、生まれて直ぐの俺に記憶は無いから、これが初めましてになるのかな」




……―――2センチの、僅かな扉の隙間から見た光景は、




「ずっと会いたかった……父さん」




夢のようで、
夢であって欲しいと願う事さえ叶わせて貰えない程に、「現実」だった。











キイ…、と、
微かな扉の軋みが聞こえた。
それと同時に人の気配を感じて、アルベルトは扉を見遣った。




「……ロベルト様……」




アルベルトの呟きを耳に拾った国王は、ハッと視線を扉に向けた。
視線を向けた先、其処には茉莉と共に、ただ茫然と立ち尽くすロベルトの姿があった。




「ロベルト……!」




国王とアルベルトが身体を強張らせるのと同じくして、青年とベラルーシもまたロベルトの存在に気付く。
室内を走る、静寂。
一気に静まり返った其処は、時が止まったかのようだった。






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