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「前にも一回、似たような事があったんだ。毎朝部屋に届けられる筈の新聞が無かったり、テレビが点かなくなったり……。まるで、俺に何も見せないようにする為に情報源を全てシャットアウトしているみたいな……」

「それって……」

「多分、今回もそうだと思う。アルが俺に何かを見せないようにしているんだよ」

「でも、テレビや新聞に載るような何かをした覚えはロベルトには無いんでしょう?」

「ちょっとやそっとの事ならアルはここまでしない。……きっと、俺に知られると都合の悪い何かがあるんだ」

「じゃあ、他にどんな理由があってアルベルトさんはこんな事をしたんだろう……」

「わからないけど……前にテレビ回線を遮断された時は、母さんが亡くなった時だった」

「王妃様が……」

「うん。俺、思うんだけどさ……」




記憶の引き出しを開けるように、ロベルトが過去を振り返る。
遡る、遠い日の事。
母である王妃が亡くなってからの後日、今日と同じように城内のテレビからは全ての音と映像が消えた。




「城の皆が俺に何も見せないようにする時って……俺を庇ったり、守ろうとしている時なんじゃないかって」

「ロベルト……」




それは、生前の王妃の姿で溢れる追悼番組やニュース等をロベルトに見せまいとする、国王や使用人達、皆からの配慮だった。
母が恋しいと泣き叫ぶ幼いロベルトに、別れというものをゆっくりと受け止める時間を与える為にされた、哀しいけれども優しい目隠し。




「……でも、今回は違う。何処か異様に感じるんだ」




過去を辿る記憶の旅から戻ったロベルトは、真剣な表情を茉莉に見せた。
窓の向こうでは、上空を旋回するプロペラの羽音が未だバラバラと響いている。
こうしている今も廊下を行き交う使用人達の慌ただしい足音が聞こえてきたりと、確かに彼の言った通り、城内は異様な雰囲気に包まれていた。




「城の皆の様子も可笑しいし、報道陣の数も異常だよ。何かあった程度で、あれだけの数のカメラは集まらない」

「一体何が起きているって言うの……?」

「……わからない。わからないけど……でも、俺だけ何も知らされないまま、蚊帳の外で安全に守られているなんてのは絶対に嫌なんだ」

「ロベルト……」

「行こう、茉莉。今、城の外で一体何が起きているのか、確かめに行こう」

「……うん!」




ロベルトは茉莉の手をぎゅっと掴むと、ベッドから立ち上がった。
彼の決心は繋いだ手と手から、流れ込むように茉莉にまで伝わってくる。
茉莉はロベルトの手をきゅっと握り返すと、彼と共に部屋を飛び出したのだった。














『おはようございます。今朝は一部の内容を変更して番組を進めて参りたいと思います。スタジオにはアルタリア生物学研究所の所長であります、ルドルフ氏にお越しいただいております』

『宜しくお願いします』

『早速ですが、ロベルト様が国王様の実子ではないという衝撃のニュースについてですが……』




……―――そのニュースは、瞬く間に世界中を駆け抜けた。




「ウィル様、大変です!こちらを……!」

「……何だ?」




目にした者、聞いた者、
その誰しもが最初でこそ根拠の無い出鱈目だと疑った。




「は?どうせ、またゴシップ紙が適当な事でも書いたんだろ?寝惚けてるなら、さっさと起きるんだな、リューク」

「ですが、キース様!記事を最後まで読んでみてください!」

「あ?」




だが、記事やニュースで取り上げられる内容は決して一般人では知り得ない、実に詳細な情報まで語られていた。
それは、王家関係者などと言った、遠いのか近いのか定かでもない者による漏洩ではない事を意味している。




「ロベルト王子が……?」

「はい。記事によると生後間も無く取り違えられたと……。今朝方、オリエンスに第一報が届いてから、国内のニュースも全てロベルト様の話題で持ちきりです」

「……あのロベルト王子がか?まさか、有り得ないだろ」

「ですが、記事自体はかなり信憑性のある内容となっておりますが……ご覧になられますか?」

「……貸せ」




報道機関や新聞社に匿名で王家の真実を告発した情報提供者は、王家の内部を良く知る、実に王家に密な人物である事が告発文からも窺えた。
それが、より騒動に真実味を持たせた。




「嬰児交換だと?馬鹿げた話だ。ジャン、まさかお前までロベルト王子が替え玉だというくだらん話を信じている訳ではないだろうな」

「信じ難い話ではありますが……しかし、ジョシュア様。6か国畏怖当時のアルタリア王家を細部まで知る人物となると、かなり内部に精通した者による告発である事には間違いないかと」

「ふん。これを機にクーデターでも起こそうとする者でも居ると言うのか?どちらにせよ、ロベルト王子がロベルト王子ではないだなど、くだらん話には違いない」

「ジョシュア様……」




「ロベルト王子は生後間も無い頃に嬰児交換をされた、身代わりの子である」との訴えを信じるに値する、十分なまでの詳細が告発文には記されていた。




「……ルイス」

「はい……」

「この記事が事実であるとするなら、ロベルト王子は……。いや、それよりも……この記事を目にした時のロベルト王子を思うだけで、僕の胸は今にも張り裂けてしまいそうだよ……」

「エドワード様……」




同時に、誰しもが疑問に思った。
記事を目にした者、
ニュースを耳にした者、
全ての人々が共通して胸に同じ疑問を抱いた。
では、「本物のロベルトは今、何処に居るのか」という疑問を―――……。










「茉莉、こっち。こっち来て」

「何処に行くの?」




立てた人差し指を口元に添えて、ロベルトが「しーっ」と声を潜める合図を送ってくる。
茉莉は彼に倣って声を潜めると、手招きされた方向を見遣った。




「給湯室?」

「そ、この部屋って内扉で給湯室に繋がってるんだ。話し声が聞こえるから、誰か中に人が居る筈……」




そう言って聞き耳を立てるロベルトに、茉莉もまた彼を真似て耳を澄ました。
二人が身を潜めて、声も潜めて、探偵宜しく気配を消している其処はランドリー室。
ランドリー室の内扉は少し開かれており、中をこっそりと覗くと確かに給湯室へと繋がっている。




「凄いわね、報道陣の数……」

「この後、一体どうなっちゃうのかしら……」




給湯室内にはメイドが二人、ティーセットの用意をしていた。
見れば、メイド達は来客用のカップにソーサーとを取り出しているようだ。




「誰か来るのかな?」

「うーん、誰だろう?こんな時に城に訪ねて来るって事は、議会のお偉方かも……」




茉莉とロベルトに覗き見をされているとは知らずに、メイド達はワゴンにティーセットを乗せながら会話を続けていた。




「ベラルーシ様がいらっしゃるって事は、やっぱり緊急で会議を開くのよね」

「謁見の間を通らずに国王様とお会いするって事は内々よね。今後について話し合われるのでしょうけど……まだ信じられないわ」

「そんなの、私もよ……」




何やら悲し気な表情を浮かべるメイド達は、そこで会話を区切らせて給湯室を出て行ってしまった。
肝心な点は聞けず終いだったが、彼女達の話にロベルトは驚きを露にしている。




「……ベラルーシ?」

「今の話で出たベラルーシ様って、もしかして官房長官の?」

「お偉方どころじゃない、アルタリアの重鎮中の重鎮だよ。でも、何でベラルーシが……。会議以外にベラルーシが個人で父さんに会いに来るなんて、国の一大事以外に有り得ない」

「アルタリアの一大事って、ロベルト……」

「謁見の間を通らないって事は、父さんの執務室だ。行こう、茉莉!」

「うん!」




茉莉にロベルト、この時の二人は同時に嫌な胸騒ぎを覚えていた。
背筋を走る悪寒を払拭するように、二人がランドリー室を飛び出した時。
国王の執務室まで向かおうとした二人の歩みを、何者かの影が制した。

どんっ!




「きゃっ?!」

「うわ……!」

「茉莉!大丈夫?!」




ロベルトと一緒に廊下を出た瞬間、茉莉は誰かの肩に思い切り鼻をぶつけてしまった。
突然の事に訳もわからず、取り敢えず鼻頭を手で労りながら、茉莉が上目に相手を見上げると、其処に居たのは―――……。




「あれ?貴方、この前の……」

「プリンセス茉莉?わぁ、奇遇だね!」




其処に居たのは、レストランで擦れ違った、あの青年だ。
先日、裏門の前に佇んでいた彼と少しだけ会話をした。
アルタリア城の景観を眺めながら感慨に耽っていた彼が、今は何故かアルタリア城の廊下に居る。




「奇遇って事もないか。ここは君の家だもんね。どうも、お邪魔してます」

「どうして貴方がここに……」

「茉莉、知り合い?」

「知り合いっていうか、少し立ち話をしただけで……」

「……あ」

「え?」




青年が突然現れた事に茉莉が驚いていると、彼はロベルトの顔を見るや否や、パアッと晴れやかな笑顔を見せた。
まるで、感動の御対面宛らのように、青年はロベルトの手を両手で握ると、ブンッと上下に数回振る派手な握手をして見せる。




「君、ロベルトだよね?わ〜、テレビで見るよりも間近で見る方が断然、男前だね!」

「え?ああ、ありがとう。それは良く言われるけど……って言うか君、誰?」




馴れ馴れしい、とは少し違うかもしれない。
フランクな青年の態度や物言いは、然もロベルトと旧知の仲のようだ。
しかし、当のロベルト本人も茉莉と同様に青年とは初対面のようで、戸惑っているのか目をぱちくりと瞬かせている。




「ねぇ、まさか俺の熱狂的なファンとかじゃないよね?城内まで潜り込むとか怖くない?」

「さ、さあ……」




ロベルトにコソッと耳打ちされた茉莉は、何と切り返したらいいものやらとリアクションに困り、言葉を濁した。






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